榊はもしかしたら知っていたのかもしれないと東方は思った。 榊が所持していたスポーツクラブを手放すことになった時に、 一番に打診があったのが東方が就職したところだったからだ。 中学時代、少しだけ、まるで過ちでも犯したかのように 必死で忘れようとしていた思い出がある。 それが、他校の、とは言え教師と、しかも同性と 関係を持ってしまったことで、悪い思い出ばかりじゃなくても。 金額は、十分満足できるものだったのか、榊はあっさり手放した。 身辺整理でもするように、彼は自分の持ち物をどんどん売り払っていた。 土地、マンション、売り時でもない株や、コレクターが高値をつけたバイオリン。 ちょっとした経済界の話題にもなるほどの金額が動いて、その時初めて 東方は身分の差に笑った。 会いたい気持ちを、押し殺さなくてはいけないくらい焦がれていたのは 別れてからもずっとで、それを抱えていくだけにしようとやっと思えたのは 近くにいた、自分を想ってくれている人のおかげだった。 福利厚生として、社員が無料で通えるようになったスポーツクラブを 利用しない手はなく、それが元、誰かのモノであっても気にしないで 純粋によろこんでいた。 いつまでも消えないものなのだと、内心は苦笑いする程度で。 だからそこに榊が現れたときにも、素直に挨拶ができたのは 驚くことでもなかった。 あれから10年は経っているはずなのに、榊はそれほど変わっていないように見えた。 むしろ渋みが増して、イイ男になっている。 東方はそう感じた。 帰り際のロビーで、マネージャーと少し言葉を交わして、榊が東方と目を合わせると 頷いたように見えた。 それから榊の方から東方に寄ってくる。 「お久しぶりです。」 丁寧に頭を下げた東方をおかしがる様子は昔と変わっていない。 少し増えた目じりのしわが表情を和らげている。 「あぁ・・・。」 「どうしたんですか、学校を辞めてからなにも音沙汰なくて。」 さりげなさを装って、眼差しは真剣さを訴えている。 苦しかった日々から解放されるまで、どれだけ辛かったか。 まるで捨てられたように感じた、あの時 どれだけあなたを恨みきれず、諦めきれずにいたか。 「いろいろあってな。」 「・・・・いろいろ、ですか。」 ―――――そうやってはぐらかせるのは子供のうちだけですよ。 高い位置から覗きこむように見つめ返すのを、あの時と同じように 榊はしっかりと受け止めてくれる。 「だからこうしてここに来たんだ。」 榊が差し出した、鍵と名刺。 横文字のそれは、肩書きのない榊の名前とどこかの住所と。 「私もお前も、10年たって、変わっているだろう。 考える時間も、判断力もある。 後はお前次第だ。 ・・・必要なければ、捨てるまでだ。」 自分の言いたいことだけを言い捨てて身を翻した。 ロビーを出て自動ドアが閉まる。 横付けされた車に乗りこむ榊を、東方は追っていた。 |
Dormant/今井 ケトン様 | TOP |
多分オヤジ受けが本来のストライクゾーンど真ん中と、東南で東方攻め属性の管理人のために、どっちでもいいですよ、と仰って下さったんだと思う(のでリバ表記にしてある)んですが、将来は包容力攻め(願望)東方も太郎の前では変わるんだなぁ、と新発見でした。 |