には、思い人がいる。











━━━ 先生! ━━━









「何度も言うようだけど…、あんたさぁ、あの保健医のどこがいいわけ?」

の親友であるはずのは、
目の前で潤んだ熱い瞳をしている友人を見て小声で言った。

「…どこがって…見たまんま全部だよ?」

親友のどこか冷めた目線も気にせずに、と同じように小声で返す。

先程から彼女たちが小声で話す理由はただ一つ。
今が授業中だからだ。
そしての視線の先からも分かるように、今教壇の上には保健医の東方雅美が立っている。
身長187センチという、それだけで目立つ存在の彼は、
若いくせにオールバックで妙な落ち着きがある、一風変わった男であった。
伊達なのか本当に目が悪いのかは分からないが、黒縁の楕円の眼鏡をかけている。
いわく、
『完全なオールバックじゃないところが胡散臭い』
そうである。
どこが完全じゃないのかと言われれば、
中年男性のようにガチガチに固めたオールバックでないため、
上がりきっていない前髪が少々落ちているのだ。

しかしオールバックゆえか、それとも彼の淡白な性格ゆえか、
女生徒からの人気は彼の見た目に比べれば少ないと言える。

「あのエキゾチックな見た目もいいけどね・・、声も・・カッコいいよね・・!」

親友の方に振り向いて興奮気味に言ったは、
言った直後に『痛っ』と声を洩らした。

「お喋りはほどほどにしろよ、」

ため息混じりに呟いた声に、はビクッと身体を震わせる。
の頭を出席簿の平面で軽く小突いたのは、東方雅美その人。
は顔を真っ赤にして、『すいません!』と勢いよく謝った。
それに対し東方は、怒った風も見せなければ口の端を上げるほども笑わない。
落ち着きすぎているのか、他人に興味がないのか・・・、東方は生徒からそう見られていた。

保健医が授業を行なう事は滅多にない。
今日は特別授業で入っていただけで、こういったことは年に2回あるかないかだった。
といえば大体の人が想像つくだろうが、本日の授業内容は性教育。 これも本来なら、保健体育という形で体育科の教員がすべき授業なのだが、 『生徒のどんな質問にも動じなさそうだから』というわけの分からない理由で こうして東方が押し付けられたのだった。
彼にしてみれば面倒くさい以外の何者でもないだろうが、にしてみれば夢のような時間。
曰く、『腰砕けになる』という東方の声を、は洩らすまいとしてメモしているようだ。
・・・が、メモしているだけで全く頭に入っていないのがの常。
ノートに書いた文字の10分の1も理解していなかった。


この日の授業が終わった放課後。
は保健室の掃除に一人やって来た。
同じ班の生徒は何かしら理由をつけて帰ってしまい、来てみたら自分一人だったのだ。
保健室には東方の姿はなく、ドアにあるプレートを見たところ、職員室にいるようだった。

「残念・・。少し期待してたのにな・・。」

そう言いつつも、生真面目な彼女は掃き掃除だけでなく、
拭き掃除まで丁寧にやっていた。
そしてふと、東方が通常保健室にいる際に使っている机の前で足が止まった。
いつもきちんとしている東方には珍しく、机の上はプリントやら本で少々散らかっていた。
きっと今日の授業で使ったものばかりなのだろう。
は、机の上のプリントを手に取って見た。
プリントは今日の授業中に配られたものであり、もちろんパソコンで打った活字の文章だった。
だがそこには、東方が忘れないようにとメモしたであろう走り書きやら下線やらがあり、
いつもやる気があるんだかないんだか分からない彼でも、
本当は真面目に彼なりの懸命さで取り組んでいる事が窺えた。
彼らしく、走り書きは簡潔そのもの。
それを見て、は思わず口元に笑みがこぼれた。

「あっ・・っと」

笑った瞬間、机の上の本を落としそうになり慌てて受け止める。
ホッとしたのも束の間、本を拾い上げたが目線を上げると、
そこにはクラスの男子が立っていた。
彼、山崎はと掃除の班が一緒だった。

「山崎君、掃除に来てくれたの?あ、でも・・もう終わるから・・・」

はこちらをジッと見ている山崎に不審を抱き、言葉を途中でやめた。
そして「何?」という目線を彼に送る。
すると山崎はニヤけながら近寄ってきた。

「へえ〜?って結構そういう系だったんだ?」

「・・・そういう・・系?」

「一見大人しそうなくせに、結構エロかったんだな、と思って。」

「え、エロ・・!?」

何のことだか分からずが混乱していると、山崎はの手元を指差した。

「そういう本に、興味あったんだ?」

『そういう本』とは先ほど東方の机の上から落としそうになった本のことだ。
タイトルは、『君と僕の正しいセックス』。
あんまりにもあんまりなタイトルに、は驚いて目を見開いてしまった。
本を受け止めた時は、裏表紙だったのでタイトルまでは見なかったのだ。

「こ、これは!今机から落ちそうになったのを受け止めただけで・・!」

「隠すなよ〜。エロいのは男だけじゃないってことが分かって嬉しいだけ  なんだからさ〜?」

「違うってば!」

は真っ赤になって否定したが、山崎は遊んでいるのか半分本気なのか、 を更にからかい始めた。
もともとこういう性教育やら下ネタに弱いは、そういった話題が出ると すぐに赤くなってしまう。
別にそれは可愛い子ぶっているのではなく、自然と赤くなるのだから仕方ない。
そして赤くなった顔を「赤いよ」などと言われると余計に赤くなってしまうもの。
山崎はそれを知っていてか、
、メッチャ顔赤いし!」と言って大笑いし始めた。
彼にとっては冗談だったのかもしれないが、にとっては悔しいやら恥ずかしいやらで
段々涙が浮かんできてしまった。

「どうだよ、?興味あるなら俺とシてみ・・・」

「山崎、いい加減にしろよ。」

赤くなって俯いていたは、戸口から聴こえてきた声に、思わず顔を上げた。

「ひ、東方先生・・」

山崎は振り向いた瞬間、驚いたように彼の名を呼ぶ。
東方はいつもの飄々とした表情とは少し違い、
眉間にしわを寄せて山崎を睨んでいた。

「俺は性に興味を持つことは当然だと思うがな、山崎、
 お前みたいに性をからかいや遊びの対象にすることは最低だと思うんだが?」

そう言うと、東方はの前まで来て、彼女の持っていた本とプリントを 自分の手に移した。

「お、俺はちょっとに冗談言っただけで・・」

「そういうのが問題なんだよ。」

自分の机の前に立った東方は、
気まずそうに立つ山崎と顔を赤くしているを交互に見た。
そして二人が自分のカバンを持っていることを確認すると、
「今日の分のノートを出せ」と言った。

二人は途惑いつつも、はノートを、山崎はルーズリーフの一枚を出した。
東方はまず、のノートを受け取り、次いで山崎の方へ歩み寄ると
彼のノートへ手を伸ばした。
山崎は一瞬手を引っ込めようとし、
だがやはり渋々・・というように紙切れ一枚を差し出した。

両方のノートを受け取った東方は、ざっと目を通し、
山崎の方を見ると呆れたようにノートを返した。

「山崎、黒板の字を写せばいいってもんじゃないぞ。」

「は、はい・・。」

そして次にのノートを見ると、少し読んでから閉じてそれをに返した。
受け取った瞬間にの頭の上に、ポン、と東方の手が置かれ、
はやっと少し治まっていた顔の赤さがまた戻ってきてしまった。

「ちゃんと授業聞いてるみたいだな。」

東方の口元が一瞬緩んだ気がして、
は思わずまじまじと彼を見つめてしまった。
東方は暫らく黙った後、先生らしい顔をしてと山崎を見た。

「・・・・・いいか、二人とも。
 お前達くらいの年齢は、性について特に興味を持つ年頃だと思うし、
 それは悪い事じゃない。だが、性が遊びやからかいの対象になった時、
 年齢ゆえに勢いで何かしてしまうことが無いとは言えない。さっきのは
 冗談にしても、の性格考えたらただの冗談にならない事くらい
 山崎にも分かるだろ?
 興味があるなら勉強しろ。行動に移すなら知識を持て。
 性病や避妊について知識もないヤツがセックスなんかするな。
 ・・・・・・とまあ、こう思うんだが?」

最後の一言だけ厳しい口調ではなかったが、東方の言葉は語気が強かった。
それに圧倒されたのか、それとも反省したのか、
山崎は小さく「すいません・・」と謝る。

「俺に謝っても仕方ないだろ?」

そう言われた山崎は、一瞬「うっ」と言葉を詰まらせ、
少々投げやりではあったがに向かって「悪かった」と謝った。
そして早々に保健室を出て行く。

山崎を見送った後、はしばらくどうしたものか悩んだが、
東方に会釈すると拭き掃除で使った雑巾を水道で洗い始めた。

「ああ、お前掃除だったのか。」

「はい。帰っちゃいましたけど、山崎君も。」

それを聞いて東方は、仕方のないヤツだ、とでもいうような顔をした。
そして彼は、自分の机の整理を始めたが、ふと手を止める。

「そうだ、。」

「はい?」

「今日のプリントの4番は何だった?」

「え?!・・・ええっと・・・・・」

急に振られても、いや急にでなくともには答えられなかった。
なぜなら、細かく言葉をメモしていても、元々あまり理解していなかったからだ。

「えっと・・・・・」

「お前、ノートは取ってるけど授業理解してないな?」

「・・・う・・・」

本当のこと過ぎて、反論できない。

「じゃあ、お前も当分セックスは出来ないな。」

「え?!」

とんでもないことを言い出す教師に、は我が目を疑った。
しかし東方の方は、平然としてを見ている。

「知識のないヤツがしたら駄目だって、さっき言ったろ?
 ・・・・・でもまあ、相手が知識のあるヤツならそいつに教えてもらえ。」
「な!私別にそんな・・あの・・!」

「知識・・・って言っても、かなり詳しく知ってなきゃ駄目だな。
 お前が何も知らないんだからなあ・・。
 例えば俺くらい知識が無きゃ駄目、だな。・・じゃあ、俺としてみるか?」

無駄に色気のある声に、はズササッと後ろに飛びのいた。

「は、は、はい〜?!?!」

「馬鹿、冗談だ。」


先ほど、性を遊びにするなと言った教師はどこへ行ったのか・・。


驚いて干していた雑巾を落としてしまったを見て、
東方は満足そうにニヤリ、と微笑んだ。

彼がどういうつもりで言ったか分からないは、
この恋はまだまだ前途多難なのだと実感した
『先生!』/琥珀様 TOP
琥珀さんとどちらが雅美スキーか、そしてどれだけ素晴らしい雅美を捏造できるか、互いの痛さを自覚で競っていた時、チャットで思いついた設定で書いて下さいました!
えーもう、中学生みたいなこと言いますが、N野声で四文字連発されたら、ねぇ?