comfortable relation
「さてと…。」
東方は重い腰を上げると、誰もいなくなった部室を出て、鍵をかけた。
本来なら部長である南の役目であるが、本日は千石とともに、これから行われる公式大会の抽選会に出掛けていて、留守を東方が預かったのだった。
ダブルスのパートナーでもある彼に、頭を下げられ直々に頼まれては、人前を得意としない東方も渋々承知せざるを得なかった。



「まずは、集合かけて整列か…俺の声って低いから通らないんだよな…。」
几帳面な南が忙しい合間を縫って書いてくれたレポート用紙を見ながら、肩を落としコートに辿り着くと、部員が既にきっちりと並んでいた。
「…あぁ、待たせたな、すまん。えーと、今日は南達がいないから、俺が代理を務めさせてもらうな。まずは、今日のメニューを…。」
南から授かった言付けを読み上げながら、半信半疑で辺りを見回すと、遠慮がちに小さく手を振る錦織と目が合う。
どうやら彼が、この状態に導いてくれたようである。
感謝の意味を込めて東方が軽く会釈をすれば、にっこりと微笑みが返されて、少し肩の力が抜けた。
錦織も決して大勢の前で何かをするのが得意でないはずなのにと、普段の彼から想像するに、その勇気はさりげなさを装っていてもなお、東方を後押しするに充分だったからだ。



「東方、今日は俺と組まないか?」
当然のように柔軟体操やらその後の練習も南や千石とすることが多かった東方だったため、今日は肝心の相手を探すことから始めなくてはと、また少し気後れしていた。
「あぁ…おまえこそ、いつも一緒の奴はいいのか?」
「俺から今日は別の奴と3人でしてくれるよう頼んだよ。東方こそ大会近いんだし、練習の質落としたら、それこそ南の雷が落ちるだろ?だからって、俺にその役割が務まるかわからないですけど?」
ラケットを抱えながら悪戯っぽく笑う錦織につられて、東方も笑みを零した。
錦織も、公式戦で立派にレギュラーに名を連ねているのに、少しもおごったところがなく、かといって、浮き足立ったところもなく、一緒にいると何となく落ち着く存在で、いつの間にか気心が通じる間柄になっていた。
背中合わせになり腕を絡ませて互いを持ち上げながら、東方は下にいる錦織を気遣う。
「おい、大丈夫か?重いだろ?」
彼は南とほぼ身長は変わらないが、いつもペアを組んでいるのは、もっと小柄な部員であったため、大柄というより規格外だとからかわれる自分では、と心中穏やかではなかった。
「平気平気。東方の方が、腰の位置近いから、痛くならないんだよね…あ、これはあいつに内緒な。あいつもきっと俺のこと、重たいって思ってるんだろうけど。」
そう言うと背中越しに、屈託なく笑う彼の筋肉の動きが伝わって、東方は胸を撫で下ろした。
彼の言う冗談には毒気がなく、親しくなるほどに時々ポロっと辛辣なことを口から滑らせてしまう東方には、憧れまではしないが、素直に良いところだと思えた。
「それに、いいよなぁ〜。おまえって皆より空に近くって。今日みたいな爽やかな晴れの日には、羨ましい限りだよ。」
今度は背の上で大きく伸びをする錦織に、東方は苦笑した。
「こんな日に似つかわしくない外見ですけどね。」
「何を仰いますやら、よく見ると案外かっこいいし、その体型だって地味じゃないですよ?」
「おまえだってよく見なくても整ってるし、背も高いし、充分地味じゃないですよ?」
「周りが派手すぎるだけだよな…。」
重なった言葉に二人して一瞬噴出しつつ、男同士で慰めあう虚しさに襲われると、腹筋の動きは静止しすぐさま溜息をつく。
そこまでが同じタイミングで、何時の間にか仰せつかった大役も、心なしか軽くなっていた。



「さてと、これを伴爺に出して、鍵を返せば大丈夫だよな。」
やっと肩の荷が下りた東方は、部室の椅子に凭れると、大きく背伸びをした。
ふとそこから、窓越しに澄み渡っていた空を眺める。
今は茜色に染まるそこから西日を受けても、不思議と物寂しい気持ちにはならなかった。
どこか胸が温かいこの感じは、くすぐったくもあるが悪い心地もせずに、東方は自分のバッグを肩から下げると、部誌と鍵を片手に、立ち上がった。



あの時、あの空が似合うのは錦織だと、口から出かかった自分に思い出し笑いしながら。


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