01/縁側 |
共に白髪の生えるまで、とは言いますが。 自然に思い浮かぶのがおまえって、そんなに変なのかなぁ? 「南部長!相談があるんですけど、ちょっといいですかっ?」 本日の練習を終えて、南がコート脇でべンチに座り書き物をしていると、視界に銀色がかった髪の毛が飛び込んできた。 「あぁ、どうした?ダブルスのことか?まぁ座れば?」 手にしていたバインダーを脇に置き、喜多の方へ向き直ると、彼はベンチに浅く腰掛けた体の後ろから、一冊のノートを取り出した。 表紙には縦書きで「国語・作文」とある。 どちらかと言わなくとも、南の得意な分野ではない。 「宿題で『十年後・二十年後…の自分』っていうが出たんですけど、全然想像がつかないんですよー。」 唇をとがらせつつ、喜多がめくる頁。 原稿用紙のようなマス目はどこまでいっても、言葉が埋められるのを待ちぼうけといった状態だ。 「何年後まで想像するんだ?」 南が膝に手を乗せて喜多の顔を覗き込むと、柔らかそうな髪を両手でくしゃくしゃと掻き回している。 「五十年後です。お爺ちゃんですよ!そんなのわからないですよー!」 「そうだなぁ…ラーメン屋とか?」 明後日の方向を見ながら、場を繋ごうと思いつきで南が呟くと、後ろから大きな手で頭をわしゃわしゃと撫で回された。 いつもなら怒るところであるが、今回は少しばかり反省の意味をこめて、されるがままになってみる。 しっかり唇はとがっているけれども。 「後輩の悩み相談を茶化すなんて、南くんらしくないなぁ。」 ベンチの隅にかかったタオルを肩に掛けながら、南よりよっぽど色々悟っていそうな東方が立っていた。 「これおまえの忘れ物だったのか。」 「東方先輩は十年後もまったく変わってないんでしょうねぇー?」 「ぶっ。」 喜多に耳打ちされ、南は噂の主のスーツ姿が容易く浮かんできて、思わず噴き出してしまった。 「おいおいここは、俺がネタになる流れなのか?」 ツッコミを入れた本人の当惑顔をよそに、南は喜多と顔を見合わせてケラケラと笑った。 「東方の地獄耳〜。」 「地獄耳〜。」 「すみませんでした…。」 背後で「でもたまたま聞こえただけなんだよな…。」などとぼやきつつ、肩を揉んでくれる相方に、南はしてやったりと満足気な笑みを浮かべた。 「何か、五十年後もそうやって東方先輩に肩揉まれてそうですよね、部長。自然に浮かぶもんなぁ。」 足を投げ出して気持ちよさそうに伸びをする南を見て、喜多はさらっとそんなことを口にした。 「そうか。おまえも一緒にいる相手を浮かべてみたらいいんじゃないのか?新渡米か?」 「あぁ!あの芽が盆栽になっていたら手入れしたいですよー!いいなぁ〜そういう道に進もうかなぁ。」 喜多は何かを思いついたように目を輝かせた。 「って先輩たちは、五十年後も一緒に地味'Sってことですよね。『ジジーズ』結成してたりしてっ!」 「あれだろ?爺さんの爺に、えーと、あの記号ってなんて言うんだっけ?東方。」 掌に指で「'」の文字を書きながら、南は東方を仰いだ。 「アポストロフィ。」 「そうそう、アポス…に、Sだろ?爺'S!東方くん、喜多さんに座布団一枚!」 「南師匠、アポストロフィ言えてないですよー。東方くん、座布団全部持っていって!」 「えーとな、二人とも、どこからツッコミを入れていいんだか…。」 東方が仕上げに肩をトントン叩き出しながら切り出しても、南と喜多はお構いなく盛り上がっている。 「喜多さん、司会は座布団競争していないって。没シュートな。」 「あぁ、スーパーマサミくんが…!って番組変わってるじゃないですかー?」 「でもさ、あの司会の草○さんって、脱ぐとマッチョらしいぜ?」 「マッチョー!!やっぱりマサミくん人形でよかったんだ!!」 「この木何の木…。」 「マサミの木―!プーッ!!」 当の本人は置いてきぼりで、南と喜多は腹を抱えて爆笑し始めた。 身を捩りながらベンチを叩き、笑いすぎて酸素が足りなくなったのか、涙目になり天を仰ぐ。 そこで忘れていた存在が視界に入り、引きかけた波がまた押し寄せて、しばらく使い物にならなかった。 東方だけが一人、夕陽を背にがっくりうなだれていた。 「すまんすまん!どうしてもさ、座布団に座って、縁側に座りながら茶をすすっているのが思い浮かんで。」 「膝に猫乗っけてか?」 帰り道、顔には出さないがあからさまにテンションの低い相方を見かねて、南は制服の背中をバシンと叩く。 「いてっ!」 「嘘つけ。マッチョのくせに!」 「…それは禁句だ。と言うか、さりげなく俺が触れられたくない話題にすりかえるな。」 叩かれた箇所をさすりながら、恨みがましく南を見下ろす東方。 「だってさ、どうしても、東方が浮かんじゃったんだもん…。共に白髪の生えるまでって言うだろう?」 「…日の当たる縁側だと、金魚の水槽の水、殺菌できるしな。」 見上げると、何故か顔に手を当てたまま、視線を反らす東方に、南は首を傾げた。 「そうそう。喜多もあれから物凄い勢いで作文書いていたじゃないか…って俺、何かおかしなこと言ったか?」 「漢字の『九十九』に髪の毛の『髪』って書いて、『つくもがみ』って読むだろう?漢字の百から一を引くと、何になる?」 「九十九、で白だから、白髪のことか!凄いな東方。」 南の尊敬の念を込めた真っ直ぐな眼差しに、東方は軽く眩暈を覚えた。 「お前百まで、わしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで。…これ、一般的には、夫婦が死ぬまで仲睦まじく添い遂げる様を例える時に、だな…。」 「ハハハ、どっちも夫だよな。…。」 「…。」 しばらく無言のまま、いつもの通学路を駅に向かう二人。 「…南のクラスも次、『伊勢物語』で九十九髪やるはずだ。おまえ、髪の毛気にしていたし、共に白髪を見られたら、いいよな。ハハハ。」 「そうだな。もしお互いハゲが原因で奥さんが見つからなかったら、仕方ないから添い遂げるか。」 「その時になっても、凝り性の南を肩叩きをすべく、ジムに通い続けるのもありかな。」 「げ!どんだけ鍛えるつもりだよ。俺壊れちゃうじゃないか!」 「…。」 気まずくなったところでちょうど駅のホームに着き、二人は手を振って別れたが、互いに反対方向の電車の中で見た夢は、明日朝一番の再会を、さらに気まずくさせるものだった。 でもさ。 共に九十九髪が生えるのを祈るっていうのも、やっぱり何か変だよなぁ? |