03/ため息
頭の上で何度も漏れる息が気になって、南は吊り革に掴まりながら上半身を反転させた。
「寝不足?」
「あぁ、すまん…。大丈夫だよ、南。」
吊り革でも高さが足りないのか、銀のバーに額を押し付けてそう言うと、東方は再び目を閉じた。

本日は練習試合でその相手校へ電車で向かう途中だった。
日曜なのでいつもの通学時間帯でも、そう車内は混んでいなかったが、部員大勢で乗り合わせている手前、座席を占拠するのも気が引けて、隅っこの方で並んで揺られていた。
周りより飛びぬけているその体格でそうされると、気にするなという方が無理な話だろう。
案の定左から視線を感じた。

「腹、痛いのか?薬あるぞ。」
網棚に乗せているバッグのポケットに手を伸ばす。
「いや…体調は大丈夫。」
それを無視することはできずに、腕をポンポンと軽く叩いて、安心させた。
「じゃあ緊張?音楽でも聴くか?多分東方はうるさいって思うかもしれないが…。」
今度は制服のズボンのポケットからMDプレーヤーを引っ張り出そうとする。
「いや、南の声が聞こえないだろ。」
「あぁ、うん…。じゃあ、飴いるか?」
反対のポケットに手を入れたので、さすがにここはおとなしく手を出した。

「サンキュー。」
甘いものを食べると頭の回転が良くなると南に言ったのは自分だったが、まさかこんな時になぁ、と思いつつ、袋を破って口の中に放り込んだ。
南は自分も舐めたいらしかったが、どうも上手く切れ目から縦に裂けないようである。
「南のそれは、何味なんだ?」
東方が再び掌を差し出すと、自分がもらったのとは違うフルーツの絵柄のついたパッケージが乗っかってくる。
ピリとそれを破くと、勢い余って中から丸い物体が落ちそうになり、慌てて指で掴んだ。
「はい、あーん。」
「…あーん。」
観念したように口を開ける南に東方は笑いを堪えた。

「俺、今日ほんとは塾の模試だったんだよな。」
「ふん。」
「こないだので成績下がっちゃってさ…。」
「むん。」
「…何かこれで、今日も負けたらどっちも半端で嫌になるなぁ、とふと思ってさ…もう喋んなくていいぞ。」
眉を寄せて口を真一文字に結び、自分の話を聞いてくれる眼差しにも、膨らんだ頬に意識がとられ、東方は思わずそこを突付いてしまった。
「…っ!」
人差し指と親指でそれを取り出すと、南は右肘で小突いてくる。
茶化してしまったことを詫びようと、ここは素直に頭を下げた。

「ごめんな、南。」
「そうだぞ。やる前から諦めて、俺に失礼だろ!東方のことだって、頼りにしてるんだぞ!」
背中をバシンと叩かれて、もう少しで喉の奥に飲み込みそうになる。
驚いて南を見下ろすと、それでも再び中に戻したらしいもので口を尖らせて、窓の外に視線を注いでいる。
地下鉄、しかもトンネルの中のため、南の意図したことと反対に、ガラスにその表情がくっきりと映っていたが、東方も黙っていた。

「…それに俺だったら、模試受けなくてよくて、嬉しくなるんだけどなぁ〜。そっちの方が、胃痛くなる…。」
「あ、そう、だよな。や、追試みたいなのは、あるんですけどね…。」
「そうか、じゃあせめて、今日は勝って弾みをつけようぜ。」

気が付いたらため息が、笑い声に変わっていた。


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