07/あったか〜い
お預けを喰らった犬のように、手袋をはめた両手で缶に入ったお茶を握り締めながら、東方はかれこれ10分はそこにいるだろうか。

「お、東方。まだいたの?南?」
北風吹き荒ぶ昇降口で、わざわざ夕陽が沈みかけてから待ち伏せしないでもいいのにと、千石は上履きを取り出しながら訊ねた。
「あぁ。おまえは忘れ物?」
「そんなとこ。南俺が帰る時にはもう、教室にいなかったよ?」
一度ここを通った時にも、下駄箱にもたれながら同じようにして彼は立っていた。
「知ってる。一緒にここまで来たんだが、職員室に呼ばれて行った。」
手にした缶を上下に振りながら当然だと言わんばかりの口調。
「それより冷めちゃうんじゃない、いい加減それ。」
自分の教室で待つなりメールで急かすなりすればいいのに、とも思ったがそれをしないのが彼なのかもしれない。
それ以上その件に関しては追求せずに、もうひとつついでに千石は訊ねた。
「こういうのってさ…外は温くても、中は凄く熱いってことあるだろ?」
「え、雅美ちゃんは猫舌だったっけ?初耳ー。」
千石の目が獲物を捕らえた瞬間、第三者の手がその缶を取り上げた。

「あー違う違う。こいつこの間俺のホットの緑茶飲んでさ、火傷したんだよな。確かにあの自販機はあやしげだった…。」
会話が人気のない廊下に響いていたのだろうか、南は流れにそうと、親指でプルタブを押し上げると、そのまま口を付けて飲み下した。
「ごめんな東方、あの先生話長くてさ。あ、これならおまえでも大丈夫じゃないか?」
「いや。そうか?じゃあな、千石。」
返却されたそれを当然のように飲んでいる東方と何事もなかったように手を振る南に、千石は振り返すのが遅れてしまった。



「でもやっぱり、それちょっと温くないか?すまん、俺が奢るよ、あそこの。」
校門を出たところで、手に息を吐きかけながら、南は東方を見た。
「…今度は冷たいコーンポタージュが出てくるんじゃないのか?」
被害者は露骨に顔をしかめると、足取りが鈍くなる。
「いや、大丈夫だ、今度こそ『あったか〜い』を出してみせるからさ。な、ひっがしかた!」
「…南が出すんじゃないと思うなぁ。」
後ろに回り込むと両手でその背中を押してくる南に、上半身を預けながら東方は残りを飲み干した。


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