16/いつもの話 |
「すまん、遅くなった。ホームルームが長引いて。」 新緑が眩しい季節。東方が少し疲れた目を廊下の窓から見える木々で休めていると、申し訳なさそうな待ち人の声。 東方は普段から遅くなったら先に行ってもいいと南から言われていて、いくら私立だとはいえ、部室までの距離などたかが知れている。 勿論外見だけは一丁前に大の男二人が、寸暇を惜しんで寄り添っていたい、クラスが違うのにトイレまで一緒に行くような関係であっても怖いわけだが、待つという行為が、何故だか対相方には有意義に感じられることが、どちらかといえば日頃から効率よく無駄を省くことを選択する己の思考には不思議で。 今日もこうして、大きな背を気持ち少しだけ丸めて、廊下の隅に佇んでいたのだ。 待たせてもらっている、とは少し違うかもしれない。 南は先に行ってもいい、と遠慮がちに言っただけで、そもそも自分に遠慮すること自体、何か言いたくても言えないことがある証拠だ、と、変に勘繰るのもまた、身についてしまった東方の癖の一つ。 いちいち「ダブルスの練習を一緒に始めた方が、効率いいだろう?」とか何とか、もっともらしい理由をつけつけるのも白々しいかと考える、現実的な自分がいる一方で、それで南が少しでも南の気が和らぐのなら、いくらでも言おうと考える、理想に夢見る自分もいるのもいつもの話。 それでもその声の主は、少し背を縮めながら教室の後ろのドア越しに東方を捉えると、一瞬視線を彷徨わせて、照れ臭そうに笑うから、もうそれで全て、都合のいい方へ解釈できるのだ。 「いや、室町に借りた本読んでたら、結構あっという間だったし。南も次、借りるか?」 さんさんと降り注ぐ午後の柔らかい日差しを背に、読みかけの文庫本をぱらっと捲って声の主の方へ見せる。 「…いや、遠慮しておこうかな。ありがとう、東方。」 細かい文字の羅列に、それとも眩しい光にだろうか、目を細めつつ苦笑いとも照れ笑いともとれる表情を浮かべ、南は歩き出した。 東方とて手にした中身で断られるのは見越していたが、それは何も、小難しい本を読む自分が優れていると、南に示したいわけではない。 この場所から見る白い雲が、形を変えながら流れて行くのをぼんやり眺めたり、体育の後は制服の背中越しに伝わる、コンクリートのひんやりとした感触が心地よかったり。 南の担任の小言の多さに、ふと窓側の後ろに位置する彼の席に目を向けると、時計を気にしてか、特徴のあるツンと立てられた髪の毛が世話しなく僅かに下へ動いて、自然と東方の口元も綻ぶから。 何となく気恥ずかしいのを誤魔化すために、南の視線をそらしただけのこと。 ありがとうの意味が、都合のいい解釈に当て嵌まれば嬉しいが、ただ誰かを待つ時間も嬉しいなどと色々考えつつ、口には出さない東方なのも、いつもの話。 |