17/買い出し
ミーティングの後の、こちらがメインではなかったかという雑談がかれこれ1時間は続いたであろうか、そろそろ机上の肴が減り始めてきた。

こういう日はやけに部員達は部長の話に熱心に耳を傾ける。
真意はどうであれいつもこうならばやりやすいのにな、と思いつつも、つつがなく進むにこしたことはないのだから、南も半分あきらめかけていた。

一年生の壇が気を利かせて席を立ち上がり、室町と喜多もそれに続いて椅子を後ろへ引いたのだが、千石が彼らを制し、にこにこしながら身を乗り出した。

「まぁまぁ。いつも壇くん達に買いに行かせるのも悪いし、ここは公平にジャンケンでいこうよ。どう、南?」
「…構わないが、皆はどうなんだ?」
おまえには運が味方しているくせにと喉元まで出かかったが、ここで断っては後輩をないがしろにすることになると、周りに助けを求める。
どちらかといわずとも、運は悪い方で、おまけにジャンケンは滅法弱い。

「まぁ、楽しそうだからいいんじゃな〜い?」
新渡米はポテトチップスをつまみながら目を輝かせている。
「…南がいいと思うなら。そっちに一存するよ。」
錦織は同情の念を浮べつつも、千石と目が合うと慌ててコーラに口をつけた。

「…東方、は…?」
最後の頼みの綱だといわんばかりに、縋るような目で南は右斜め前の相方を窺う。
「じゃんけんが一番まともじゃないか。」
冷静に的外れな回答を返されては、南も二の句が継げなかった。
何も方法を問いたかったわけではない。
がっくりと肩を落としながら、いつか「どうやって勝てるのか」と訊ねたところ、「確率と相手との心理戦」と小難しいことを話し出されたのを思い出した。



南が手に握らされたメモを開くと、東方が横から覗き込んでくる。
「あいつら、容赦ないなぁ。どんだけ食う気なんだよ?」
呑気に笑う当の本人は部内でずば抜けた体格を誇っている。
「おまえこそ、どんだけ食ったらそんなになるんだよ?」
南はまじまじと東方を見上げた。

当然の結果として、部長の南自らが買い出しの役目を引き受けることになってしまった。
別に、後輩は先輩に絶対服従だなんて、そんな体育会系の思考の持ち主でもない。
皆が楽しそうなのを見るのは好きだが、ただちょっと、本日の運の悪さを呪いたくなっただけだ。
席替えで教卓のまん前という、気が休まらない位置を引き当てた後のダブルコンボだったから。

「さぁな。寝て起きたらこんなだ。成長痛で膝がメキメキボキボキミシミシガクガク音す…。」
「わーっ!気味悪いこと言うんじゃねぇ!」
膝をさすりながら前屈みになり真顔で語り出す東方の後頭部に、隙ありとチョップを喰らわすと、南は両手で耳を塞いで駆け出した。
首に巻かれた黒いマフラーが、北風にたなびいている。
「…つっ!本当のことなんだが…。」
しゃがみ込みつつも、東方は頬杖をついてのんびりとその後ろ姿を眺めている。

「って何で追ってこないんだよ、おい!」
横断歩道の手前まで行くと、少し踵を上げて振り返って手招きしてくる。
「んー?どこまで走ってくのかなぁ、南は元気だなぁって。」
ポケットに手を突っ込んだまま、東方はのんびり歩いてくる。
「違うだろ、そうじゃなくって…。」
「お、鼻の頭赤い。」
にっこり笑いかけられて、南は反撃しようにも力が抜けてしまった。
「誰のせいだと思ってんだよ…。」
制服の前襟の留められた部分を人差し指で引っ張ると、そこに隠れるようにして顎を埋める。

「耳も赤い。まぁ、急いだって仕方ないだろ。悪かったって、肉まん奢ってやるから。」
眉を八の字にするツンツン頭に、東方は南の羽織っているコートのフードを引っ掛けた。
「…あれだ、高い方な。皮が美味いヤツ。」
「はいはい。」
どう考えても負けてもいない東方に理不尽をぶつけているのは南の方なのに、あっさり了承されて、引き下がれなくなってしまった。

「ほら、信号変わっちゃうだろ。そこ、手入れて歩かない!」
「南は元気だなぁ〜。」
東方の左手首をポケットから引っ張りだして、白と灰色のコントラストの上を渡る南の足取りは、少しだけ軽かった。


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