昼下がり、君を想う時。
二学期が始まってもうすぐ一ヶ月。
ここ何日かしとしとと雨が降り続いて、行方をくらましていた太陽が 葉の隙間から眩しく零れ落ちている。
つい最近までは、その圧倒的な存在感を疎んでいたはずだったのに、人間は面白いなぁ、と樺地は思う。

氷帝学園の中庭。うっそうと茂った木々や芝生の回りを石畳がぐるっと 囲み、その脇にはベンチが置かれ、昼休みはそこで休息する生徒も多い。
その中でも樹齢何年であろうか、ひときわ大きい立派な木がある。
樺地と跡部、そして芥川の三人は、その下で昼食をとることが習慣に なっていた。
さすがに真夏の間は、跡部が難色を示したので、空調の効いた室内で過ごしていたが、久々の澄み渡るような晴れ間に、いてもたっても いられなくなった芥川に誘われて、樺地もまたその木の下へと戻って きた。
芥川と同じような気持ちなのであろう、周囲の生徒達の顔にも笑みが こぼれている。
飲み干した牛乳パックを握りつぶすと、芥川は放り投げてあった リュックからコンビニの袋を取り出した。

「やっぱさ〜、お日様の下でこれを食べると二倍うまいんだよな!」
そう言う芥川の手に握られたのは、新製品の秋限定ポッキー。
通常よりムース部分が豪華仕様なそれは、これからの季節が旬である栗をふんだんに使ったモンブラン味になっているらしい。
他にも色々な新製品の菓子があるらしく、コンビニで買うのなら腹に たまるもの派である樺地も、芥川の嬉々とした説明で、自然に詳しく なってしまった。

「はい、樺地。」
樺地の前にやってくると、肘を芝生について上半身を支えながら、 腹ばいの体勢になる芥川。
満面の笑顔で小袋を差し出されては、断る理由も見つからない。
「ウス。ありがとうございます。」
樺地は礼を言うと、ポッキーを口に運ぶ。
確かに芥川の言う通り、モンブランの風味が口一杯に広がる。

「どう?」
その様子を足をブラブラさせながら、楽しそうに見つめる芥川。
「栗の味がとってもおいしいですね。」
調子いいことをたくさん言うのは苦手であるから、樺地は思ったことを 率直に述べた。
「だろ!?だろ!!樺地はいい子だからいっぱい食べていいからな!」
嬉しくなったのか勢いよく起き上がると、大きな目をさらにまん丸に して、袋ごと樺地に持たせると、芥川は樺地の頭を撫でる。
その仕草をくすぐったくは思っても、厭な気にはならない。
そこがこの先輩のすごいところだなぁ、と樺地は思う。

「…今樺地『は』に力を込めただろう?」
跡部の不機嫌な口調で、二人の和みムードも呆気なく終了する。
「だって跡部は素直にもらってくんないだろー!あ、もしかして いい子いい子してほしいの!?跡部。」
芥川がからかい半分に跡部の頭を撫でると、跡部も仕方ないなと いった表情でされるがままになっている。
「まったく、そんなもんばかり食べるから…。」
「うっさいよ!これだって身長伸びたんだからな!!」
「上には上がいるだろう。なぁ、樺地?」
「樺地と比べんなぁー!!確かにでっかくてかっこいいけどさぁ!でも 跡部が自慢することじゃないだろー。」
頬を膨らませると、膝を抱えてそっぽを向く芥川。
そんな芥川を見て、声を殺して肩を震わせる跡部。

「跡部さん、これどうぞ。」
樺地は先ほどもらったポッキーの袋を跡部に差し出す。
樺地の目とその袋を二、三度往復すると、跡部の長い睫毛が、ふと伏せられた。
「確かに栗は美味しいんじゃねぇの?」
「なんで樺地からはもらうんだよー!」
振り向いた芥川は照れ隠しをするように、わざと大声を出して跡部に 噛み付く。

そんな二人のやりとりを、ポッキー片手に木の幹にもたれながら黙って 聞いていた樺地に、芥川はふと視線を向ける。
「なぁ、樺地―…。」
「ジロー、俺様の許可なく樺地を使うな。」
「何だよまだ名前呼んだだけじゃん!跡部のケチー!!」

クルクルとカールした髪の毛をいじりながら恨めしそうに跡部を 見上げる芥川。
その視線を交わすと、跡部は額にかかった前髪をさらりとかきあげる。
女子生徒が見たら騒ぐであろう仕草も、芥川には反撃のきっかけに すぎない。
「そんなジャマだったら切ればいいじゃん。なぁー樺地?」
「…。」
大きな目に覗き込まれて、返答に詰まった樺地は、跡部の方に首を 向ける。
当の本人は表情を変えずに、ただ樺地を見つめ返す。

跡部の髪の毛は、天然なのか手入れが行き届いているのか、 そういうことに興味がない樺地はわからないが綺麗だと思うし、 芥川のフワフワした髪の毛も触り心地がよさそうだなぁとも思う。
跡部がこれくらいで怒る人ではないことも、芥川もそんな跡部が 嫌いではないこともわかる。
樺地も二人のやりとりが楽しいので、ついつい黙って聞いたままになってしまう。

「どうした、樺地?」
そう言いながら、返事を促す跡部。
部長としての、眉間に皺を寄せたような眼差しでも、試合中の相手を挑発するような見下ろした眼差しでもない。
「跡部が威圧してるんだろー!なぁ樺地―?」
樺地の筋肉質な太腿に手をかけると、芥川はそこに頭を乗せた。
端に険しい顔つきになる跡部を見て、樺地は喋り出す。

「跡部さんも芥川さんも、そのままがいいです。」
そう言うとまた口をつぐんで、芥川の邪魔にならないよう、腿の上の 方で弁当箱を閉じる。
「じゃ、おやすみ!あ、跡部も一緒に寝ようよ〜?」
芥川は安心したように目を閉じる。

「は?どうして俺が。樺地も重いだろうよ?」
芥川の言葉に面食らったような跡部は、樺地を労わるふりをして探りを 入れる。
樺地は黙ったまま、アイロンがピシッとかかったハンカチを膝にかける。
「どうぞ。」
そのまま何も言わない樺地の横顔をしばらく見つめると、観念した ように跡部も横になった。
「おまえなら大丈夫か。なぁ、樺地?」
「…ウス。」

「跡部、ここから見ると空が気持ちいいんだー!」
「…そうだな。」
ここでは話さなくても、自分の存在が消えてしまうこともない。
それを気付かせてくれた跡部と芥川に感謝しつつ。

まだ日差しの眩しい空の青さを瞼の裏に感じながら、樺地も心地よい 眠りに落ちていった。


ホーム メニュー