君と過ごす一年で十二題
02.青葉の木の下でうたたねを
 
青葉の木の下でうたたねを「くはー、疲れたな!よし、休憩するぞ。」
風薫る五月、緑の絨毯で昼寝、といえば聞こえはよかったが、急に気温が上がり、汗ばむほどの陽気の中、やっと金田に許された安息の時間だった。
コート脇、一段と若葉が生い茂る木の根元、赤澤は頭の後ろで両手を組むと、大の字になった。
少し離れてその脇に腰を下ろすと、タオルで汗を拭いながら幹に寄りかかり、深呼吸をする。
ほぼ風のない今日は、草いきれと土の匂いがむっと立ち込めていて、乾いた喉に張り付くような感覚に思わず顔をしかめてしまう。
「おー、生き返る!ほら金田、おまえも水分補給しろよ。」
投げ渡されたスポーツドリンクを口にすると、少しずつ身体が潤い満たされていった。

「あー腹減ったな!雲が全部食べ物に見えるぜ。あれはあんド−ナツだろ。つーよりカレーパンだな。金田はどっちだと思う?」
眩しい太陽に目を細めながらはるか彼方を指さし、ユニフォームの裾に手を突っ込んでは腹をさすっている赤澤に、金田は力なく答えた。
「カレーパン、ですかね。」
「ですかねって何だよ。ハッキリしねぇな。」
「金田は、どっちでもいいんで食べたいです。カレーパンだったら、部長にあげますから。お腹空いちゃったじゃないですかー!」
体育座りをしながら膝をぎゅっと抱き寄せると、その上に頭を乗せる。

視線を地面に下ろせば、幾重にも重なる細工のような葉が影を作っていて、それに吸い込まれるように金田も寝転んだ。
そっと赤澤に目をやれば、もう既に上下の瞼がくっついていて、金田は呆れてしまった。
─これぐらい神経が図太くないと、部長という職は務まらないんだろうな。
苦笑いを零しつつ、大きく伸びをする。

「か!」
突然赤澤の口元が開いたと思うと、何かを呟いた。
「はいっ!すいません部長…!!」
考えていたことがテレパシ−で伝わってしまったのかと、飛び起き肩をすくませながら金田は反射で謝ってしまう。
「カレー、パン…」
それだけ言うとまた唇を結び、赤澤は胸を上下させて眠りに落ちていった。

─今突然風が吹いて、あの雲が全部流れて行ったらいいのに!
そう金田は願えど肌を包む空気は変わらずに穏やかで、敗北感に打ちひしがれながら、再び草むらに身を潜めた。



「ねだ。おい金田!生きてんのか!」
不貞寝のつもりが何時の間にか本気で寝入っていたようだ。
少しずつ瞼を開けていけば、木洩れ日とともに赤澤が影を落としてきている。
金田の両脇に手をついて四つん這いになり、覆い被さるように覗き込むその顔が、目と鼻の先にあって、咄嗟に返事ができなかった。
「ははは、はいぃ!」
カラカラに乾ききった喉に唾を呑みこむと、やっとの思いで首を縦に振る。
「おう、起きたか。さっさと練習終わらせてカレー食って帰るぞ!」
赤澤は立ち上がり背中から尻にかけてついた草を払うと、ユニフォームの裾で顔を拭いた。
「こ、こんな暑いのに、カレーなんですか?」
「コノヤロウ!暑い時こそカレーなんだよ。わかってねぇな。ほらモタモタしてんじゃねぇ。行くぜ金田!」
「あ、スイマセン!」

スポーツドリンクを流し込みながら空を見れば、何時の間にか先ほどの雲は流れていた。