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「俺たち以外、さすがに今日は誰もいないですね。」 赤澤達が波打ち際ではしゃいでいるのを遠目に見て、裕太は石造りの階段に腰掛けた。 観月もその横に腰をおろす。 「裕太くんはここ、以前に来たことがあるんですか?」 「えーと、・・・。」 裕太は何かを言いよどむと、急に脚をブラブラさせたり落ち着きがなくなった。 こんな時はたいてい、彼の兄が絡んでくる時である。 冬にしては暖かい今日も、海の近くでは時おり急に冷たい風が吹く。 ひやっとした潮風に観月が肩をすくませると、裕太は慌てて自分の首からマフラーを外し、観月に差し出した。 「観月さん、これ…。」 「あぁ、大丈夫ですよ。裕太くんの方こそ、風邪引いたらテニスに支障が出ますから。ね。」 「あ…はい。」 観月の「大丈夫」は、「これ以上踏み込むな」という警告に聞こえて、つい言葉を呑んでしまう。 裕太はやり場のなくなった手に視線を落とす。 すぐ近くを走る国道の喧騒と、寄せては返す波の音だけが、あたりを包んでいた。 でもむしろ、その方がまだ救われる。 そんな気がする。 裕太も観月も、お互い相手に心臓の音が聞こえるのではないかというほど久々に、二人だけの時間を過ごしていたのだから。 二人にとって今は沈黙が一番痛い。 「赤澤先輩達、あんなことしたら風邪引くんじゃないですかね。」 制服のズボンをまくって、金田や柳沢、野村と一緒に砂浜を走り回っている。 木更津だけが、脱ぎ捨てられたスニーカーや置き去りのバッグをいそいそと避難させていた。 「まぁ、何とかは風邪引かないって言いますからね。…やっとテストが終わって開放感に浸っているんですよ。」 全員高等部に進学を決めたものの、その後も試験の成績次第では合格取り消しになるという厳しい校風のため、上位の観月や木更津、野村はともかく、科目によってばらつきがある赤澤や柳沢は、昨日の成績発表まで、内心ドキドキものだったのだ。 なんだかんだいっても、観月がマネージャー心からか赤澤達の勉強を見てやっていたのを、裕太は知っていた。 いつも口調は皮肉っぽいが、彼らを優しく見つめる瞳が、観月の内面を物語っていることも。 「裕太くんも混じってこなくていいんですか?」 皆が立てる水しぶきが、太陽に反射してキラキラと輝いている。眩しそうに目を細めながら、観月はそんなことを口にする。 「え…だって久々に観月さんと一緒じゃないですか。」 こんな時にまで二人だけの会話がなかなかできないもどかしさに、裕太は内心赤澤達を恨めしく思いながら、頬を膨らませて反論した。 感情が表に出やすいところが、魅力的であると同時に、観月には脆く感じられていたりもする。 「そうですね…。裕太くんはお兄さんとここに来たんですか?」 「…昔、まだ兄貴と仲良かった頃に…。」 「コンソレーション終わってから、また修復されてきたじゃないですか。 よかったですね。」 強風で癖のある前髪が張り付いて、裕太から表情を窺うことは出来なかったが、空の青さに似合わない曇った声。 気丈な観月のことだから、単に寒いからとは思えないそのトーン。 「あの、観月さん…俺っ…!」 「あ〜寒い!!足がしもやけしちゃうだーね。」 「柳沢一番楽しそうだったじゃん。なぁ木更津!」 「慎也、赤澤と同レベルで遊ぶから。くすくす。」 裕太が拳を握ったと同時に、柳沢達が白い息を弾ませて駆け寄ってきた。 「お帰りなさい。赤澤と金田はどうしました?」 観月はバッグからタオルを取り出すと、脚を拭くようにうながす。 「サンキュー!なんかいい感じだったから、放ってきちゃっただーね。」 「金田しんみりしちゃってねぇ。今頃赤澤にどつかれてるよな。」 柳沢と野村は悪戯っぽい笑顔を浮かべて観月に一部始終を報告をしだす。 「悪い。あの二人が走り出しちゃって…。」 その輪に入れずにポツンとしている裕太を見かねて、木更津が声をかける。 「いえ、別に…。」 「『俺達も放っておいてくれよ!』って顔に書いてあるよ?」 裕太は木更津の、常に相手を見透かしたような目が苦手だった。 一を言えば十わかってくれるところは、年齢がひとつ上だということだけでは済まされないような、怖さがある。 「俺にそんなこと言う権利、ありません。」 裕太の目つきは、本人は全くそんな気がなくても、時々知らない相手には睨んでいると誤解を受けるが、今回は自分でも眼光が鋭くなったのに気が付いた。 「裕太らしくないなぁ。だから観月が泣くんだよ。今度あんな顔させたら、俺許さないからな。」 そんな視線を軽く受け流して、木更津はいきなり最終通告をよこす。 「泣く…?」 面食らった裕太の額を指先で弾くと、満面の笑みを浮かべて木更津は柳沢達の輪の中へ戻っていった。 男とは思えない透き通るような白い肌に、本人に言ったら怒られる薔薇色の頬。 それらから浮いている、氷の刃のような視線がいつまでも裕太の胸に突き刺さっていた。 「…裕太くん、どうしました?帰りませんか。」 「あ、観月さんすみません、ボーッとしちゃってて…。」 あれからしばらく、裕太は海辺を見ながら、正確には瞳に映る何もが脳に伝達されていなかったのだが、木更津の言葉を心の中で何度も繰り返していた。 「まさか本当に風邪を引いてしまったんじゃないでしょうね?」 眉をしかめて裕太を気遣う観月に、感謝より先に罪悪感が浮かんで、思わず木更津をうかがってしまう。 「大丈夫です!」 「…もうこれ以上あなたに、体を酷使させたくないんです。」 伏せられた長い睫毛を震わせながら、観月は裕太の額に手を伸ば した。 普段から体温が低い観月の手が、海風にさらされて、よりひんやりと していたというのに。 触れられたそこが熱を帯び始めて。思わず裕太は身体をびくっと震わせた。 「…そうですよね。すみません。帰りましょう。」 裕太の反応を拒絶と受け取ったのか、観月は腕を引っ込めて、傍らに置いてあったバッグを持ち上げた。 「あの、観月さん!」 焦って掴まれた手首を振り解くと。 「大丈夫ですから。これは報いだと受け止めます。」 そう言って笑った観月の瞳は、泣いているかの如く濡れて見えた。 |