大丈夫か?
君に何を言えるというのだろう。
手を伸ばせばすぐそこに。
変わらない笑顔の君がいるというのに。
ただ、一緒にいられればいい。
その声が、聞ければいい。

こんなにも君の足音が、待ち遠しい。



気が付くと、どうやらいつの間にか、テーブルの上で眠っていたようである。
見る気もしないまま、何となく音が欲しくてつけていたテレビも、ドラマの次のバラエティー番組に変わっていた。
傍らにあった携帯電話に手を伸ばすと、もうすぐ彼がバイトを終えて帰ってくる時間だ。
東方は立ち上がると、キッチンへ向かった。

「ただいまー。」
何かを引きずっている、沈んで澱んだ声。重そうにブーツを玄関に落とす音。

あとは麺を茹でればいいだけだったが、火加減を気にするそぶりで、コンロから目を離さない。

「お帰り、南。おまえも食うか?」
どんな時にでも、挨拶は欠かさない、というのが、二人の間の暗黙のルールになっていた。
その手には最近コンビニの袋であったり、遅くまでやっている、南のお気に入りのパン屋の袋を、東方は見かけなくなっていた。

「あぁ。」
「じゃあ、先に風呂入っておいで。」
右肩に押し付けられた重たい頭を、東方が空いた左手で優しく撫でると、南はこくん、と頷いた。

火にかけた鍋を一旦止めると、東方は再びリビングのテーブルへ戻り、 その上に出してあったレポート用紙や筆記用具を片付け始めた。
リビングといっても、まだ二人とも学生の身であるから、テレビとローテーブルと ソファーを置くと、もうそれだけで結構な圧迫感がある。
背丈の大きい南と、さらに10センチ程高い東方が二人一緒にいるとなると、よそから見ればさぞかし、狭苦しい印象を与えるかもしれない。

空気みたいな二人だというのが誉め言葉だとしたら、うまく呼吸ができない 一瞬も、綺麗にそこに溶け込むのだろうか。

今はまだ、わからないから聞きたいことより、わかっているから聞かないことを選ぶ。



テレビを消して、この部屋に響くのは、互いの息遣いと、鍋からよそった うどんをすする音。
南が何も喋ろうとしないから、東方もただ、目の前の 長細い物体を胃に納めることにだけ集中する。

南は何度か箸を止めては、テーブルの上で掌を丸め、小さく肩で息をして いた。
それでもどうにかして平らげた彼を見て、東方もまた、小さく安堵の ため息をつく。

「ごちそう様でした。」
箸を置くタイミングが重なって、この日初めて、南が笑顔を見せる。
東方も今になって、温かさを覚える。
ただ、それだけのこと。

「それ、終わりそうにないのか?分厚いが…。」
東方の傍らにある、レポート用紙を見て、南の顔が少しだけ曇る。
「ん?」
「いや、こんな時間にこんなもん食うから、今日は徹夜するのかな、と。」
「夜は静かで集中できるしな。」
テレビのリモコンをそっと、背後のソファーへと押しやって、東方は笑った。



レポート用紙に埋め尽くされた文字は、もう暗記できるほど読み返していた。
東方は無意識のうちに胃をさすりながら、後ろへ片手をついてのびをする。

「東方ありがとう。おやすみ。」
冷たくなったマグカップを持って、南が立ち上がりかけた。

「何が?おやすみ。ちゃんと頭乾かせよ。」
伸ばしかけた腕の行き場を見失って、東方は南の頭をくしゃくしゃと撫でた。

---くすぐったそうに笑うその唇にキスしても、君は同じ顔を見せてくれるのだろうか。


ホーム メニュー