どきどき |
![]() 「こっちにおいで。」 東方が両腕を広げると、言われるままに南はその胸に身を預けた。 心なしか、その肩が震えていて、東方は思わず南を強く抱き締めた。おずおずと、両腕が東方の身体に回される。 南はずっと俯いたままだった。 「…何か緊張しちゃうな…。」 胸に頬を寄せた南から強く抱き返されて、東方は息を呑む。 そっと洗い立ての髪を指ですくうと後ろに流し、額に口づけた。 「…俺も…してるよ。試合前より…。」 「そっか。よかった…。」 くすぐったそうに笑う顔は、何度も見てきた。 でもこうやって唇を寄せるようになってからは、日が浅い。 「俺からも、していいか?」 目を細めながら顔を上げた南の瞳も、初めて見る色をしている。 「ん…。」 南から求められたのは初めてで、東方が嬉しくて上手く答えられずにただぎこちなく笑い返せば、腕を伸ばして東方の頭を優しく引き寄せると前髪をかきわけ、自分がされたのと同じ仕種をする。 ちゅ、と音がして、東方が目を伏せると、そこにも柔らかい感触。 見開くと、こちらに真っ直ぐ注がれる黒目がちの眼差し。 一瞬だけ交差して、東方が顔を傾けると、南も再び瞼を閉じた。 自分がされたように、半円を描く縁に落とすと、またくすぐったそうに笑う。 東方は南の背中を抱き寄せると、今度は唇に自分のそれを重ねた。 長い間、何度も焦がれていた瞬間が訪れるたび、離れがたくて。 それでも一瞬で離そうとした東方のシャツの背中を、南がぎゅっと掴んだ。 南から押し付けられて、柔らかいそれをついばむ。 とても不思議な気分だった。 東方が捉らえると今度は先ほどより長い間、何度も二人は互いの温もりを確かめ合う。 長い間積み重ねてしまった嘘やわだかまりが、まるで春を迎えた流氷のように、少しずつ溶けて行く。 南の背中を支えながら、東方がその表面を優しくそっと舌でなぞると、南はおずおずと口を開いた。 そのまま隙間から差し入れられたそれに、ぎこちないながらも一生懸命に応える南が愛しくて、ソファーに彼の身体を沈めると、上からそっと包み込む。 「…大丈夫か?俺がするように、できるか?」 乾いた唇を東方に指で押されると、頷いた南は再びそこを開いた。 濡れた音が響いて身じろぎしつつ、南が決して顔を背けようとはようとはしないのを見て、東方もまた、決して二度とこの手を離してはいけないと心に誓った。 「おかえり、南。もうどこにも行かなくていいからな?」 |