ずっとこうして、一緒に年を重ねていくことができればいいのに。
一年後も僕が君と、同じ空間に、自然にいられる理由が欲しい。



何日か前、いつものように狭いリビングで、二人の背丈と釣り合わない、部屋の大きさと、住み始めた頃の互いの懐具合に合わせたソファーで丸くなりながら、東方は雑誌を読んでいた。
電車の待ち時間を潰すために買ってみた、流行のファッションや恋愛、美味しい レストランなどが載った、本来ならば自分位の年齢層がターゲットのもの。

特に意味もなく、ローテーブルの上に放置したまま、東方もバイトに出掛けた。
その日も役目を終え戻ると、入れ違いに大学から帰ってきていた南が、東方と同じ体勢で熱心に雑誌を読んでいた。
彼の好む服装とは系統が違ったが、もう特に読み返したいとも思わなかった東方は、何気なく「南、それよかったら持っていっていいぞ。」と勧めた。
どちらかといえばスポーツ雑誌以外、本を共有することは少なかったから、寧ろ嬉しい気持ちもあったのだ。

南は、「え、大事なものじゃないのか?」と、借りることを憚るように言う。
東方は首を捻った。
たかが何百円の雑誌である。
いくらバイトをし、賃金を得ることの大変さが分かり始めた二人でも、互いがそこまで無計画に金を使う人間ではないことぐらい、知っているはずだった。
視線を落とすと、南の伏せた睫の先に、『この夏恋人と行きたいデートスポット』のような文字の羅列があり、どうやら彼は気を遣ってくれているようだった。

「俺、南に紹介するような人はいないから、役に立てられないんだ、その本。」
半分冗談めかして、東方が自室に入ろうとすると。
「そうか。なら、いいんだが…。」
こもった声が気にかかり、振り返ると南は開いた雑誌を顔に乗せたまま、じっとしていた。
否定形で終わった言葉の続きを待ちながら、東方はソファの肘掛にそっと腰掛けた。

「そう言えば来週誕生日だな。バイトの仲間と飲み会か?」
「……。」
南からの返事はいつまでもなくて、この頃は以前より個人行動の時間が増えたから、順調に行っているように見えていただけなのかと、察してやれなかった己の不甲斐なさに、東方は唇を噛んだ。

そして、この位置でさえも、いつかは他の誰かの役割となるのかと思うと、見えない人間に、南を奪われてしまうような、やるせない気持ちになる。
南が隣りにいて、テニスが好きで、そのテニスを頑張る南が好きで、彼と一緒にテニスをできることが楽しくて。
ただそれだけの毎日だった。
ずっと、そんな日が続くのかと思っていた。

それ以上でもそれ以下でもなく。ただ、ずっと、このままで。

「…もし、…。」
南が重たい沈黙を破る。
「うん…?」
「……もし、この先東方に、大事な人が、できたとしても。」
「…うん。」
「…紹介してくれないで、いい。俺も、言わないから。」

雑誌を取り上げなくても、震えているような、何かを堪えているような声がして。
「それは、…。」
ないよ、と言いかけて。
そんな声、大事な試合で負けた時以来だったから。
東方は南の髪の毛に伸ばしかけた手を、引っ込めた。

「だからそれまではずっと、今までみたいに、俺のこともそうやって、誰かに紹介したり、俺を一番に祝ってくれたら、それで…。」
「…南っ…。」
「…もう、この話は終わり。俺、このケーキが食いたいから、来週頼んでもいいか?」
手で唇を塞がれて、そこで会話は途切れた。
本の上部からのぞいた南の瞳は、あの日並んで見上げた夕焼けを映していないのに、赤く滲んでいた。



君が受けた生を祝うたび、僕は後ろに積み重ねたものと、これから先の道に積み上げられるものを比べてしまう。
君が受けた性と、僕が受けたそれが、二人を同じ空間に、結び付けたはずなのに。

理由を探すことが不自然なことに、君も僕も気付いている。


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