07/太陽 |
「副部長達って、なんで正反対なのに、いつも一緒にいるんスか?まるで…太陽と…なんだろう、月、っていうか。」 コートの中で汗を感じさせずに、自分のテニスというものを展開している柳を見ながら、切原は横に立つ真田に話かけた。 改めて考えるまでもない問いかけでも、その比喩が意外で、両腕を組ながら真田はそちらに思考を傾ける。 本来なら部活中に私語は不謹慎だと叱ってやりたいところだったが、この人懐っこい彼が対自分に限っては逆に二人きりになるとしおらしくなるので、こんな会話は珍しかったせいもあったからだ。 「理由…か。蓮ニと一緒にいることが当たり前だからだ。それ以外に言葉は見つからんな。」 そう言うと、切原は短く、「そうッスか。」とだけ返して、また黙り込んでしまう。 真田もそれ以上追及することはせず、帽子を深く被り直した。 「何か考えごとか?」 帰り道、押し黙っている真田に柳が話し掛けてくる。 真田の無口は今に始まったことでなく、それをわざわざ柳が口に出すということは、説明しなくてはこの会話は終らないということだ。 真田は観念して口を開いた。 「赤也が、変なこと…いや、あいつにとっては真面目な話なんだろうが、俺達がなんで一緒にいるのかなどと聞いてきてな。…太陽と月みたいだ、とも言っていたな。」 「それは風流な例えだな。おまえはどう答えたのだ?」 ほんの少し足を速めて、寄り添ってくる柳を横目で盗み見ると、真田は眉を寄せた。 「そんなことを聞いてどうする。」 「自分の口下手が原因で、赤也に呆れられたというところが妥当か。お前らしいな。」 侮蔑を込めた棘に、逐一反応してしまう己が情けなかった。 真田は澄み渡り風そよぐ五月晴れの空の下に、大層似つかわしくない溜息を吐いた。 「そうではない。赤也は俺の答えを聞いて黙ってしまってな。何を考えているのか、知りたいと思っただけだ。」 正直にそれだけ告げると、柳は動きを止め、にっこりと微笑んだ。 「それが、弦一郎が太陽たる所以だな。月の分際としては、所詮敵わないと 言ったところだ。ではな、弦一郎。」 そう言うと、まだ真田の家までは百メートル程もあるというのに、柳はさらに歩幅を広めた。 それでも彼を追う気にはなれず、曲がり角を右折したのを見届けると、真田も門をくぐった。 週末、中間試験の前で部活動も早めに切り上げ、真田は部員達から貰った心遣いを手に、校門へ向かう。 「さ〜なだ副部長!なんかあったんスか?」 後ろから足音を立てて切原がやってくると、少し前を柳生達と一緒に歩いている柳を一瞥した。 「蓮ニに何か言われたのか?」 「あいてて…。」 立ち止まると、背中に人の重み。 直感で対象人物が柳だとわかった真田は、切原の頭を大きな手で撫でながら、斜め後ろを覗き込む。 「…言ってこないから、気になったんスけど。」 「ん?」 「あ〜もう!まさか正直に、俺の態度が気になった、とか言っちゃったんじゃないでしょうね?」 されるがままになっていた髪の毛の上の腕を両手で押し上げると、真田の手首を掴んだまま、切原は真田を見上げた。 「あぁ、言ったぞ。」 「…ほんと、勘弁して下さいよっ!副部長!」 その手をブン、と力強く振り下ろすと、まるで小さな子供のように、舌をべーと出して、駆け出す。 「…勘弁してほしいのは、こちらの方なんだがな。」 ジャッカルの背中に抱きつく彼の後ろ姿を、まるで我が子の反抗期に手を焼く心境で眺めながら、首を傾げた。 どうやら思春期、なんぞいう気恥ずかしい単語はどうも柳に関係してくることらしいとしか、真田には理解不能だった。 それでもあれから二人きりでいる時は、柳の態度も変わらずに、今日もまた、代わり映えのしない帰り道を一緒に歩いている。 違うといえばまだ、祝辞を述べられていないことぐらいであろうか。 真田の家の前まできて、「ではな、蓮ニ。」と切り出そうとすると、柳は真田の腕を掴んだ。 「勉強の邪魔をするつもりはない、少しだけ上げてもらってもいいか?」 木々が頭上に生い茂るそこは、少し暗くなっていて、いつもより柳の瞳が黒く翳って見えた。 それに数秒見惚れると、真田は息を呑んだ。 「あぁ、構わん。」 引き戸を開け、飛び石を伝っていくと、玄関の前で柳は立ち止まった。 「相変わらず、手入れが施されていて美しいな。」 額に手をかざすと軒下の新緑を眩しそうに見上げている。 「そうか。では、そこで見て行くか?」 真田は柳が頷いたのを見ると、一度家に上がりそのまま奥の縁側まで案内した。 窓を開けると新鮮な空気が入り込んでくる。 先に柳がそこに座り正座をすると、真田を手招きした。 「弦一郎、ここで休んだらいい。」 腿を叩きながら提案されて、それはいわゆる「膝枕」を差すのだということがわかった。 しかし簡単にその厚意に甘えるのも納得がいかない。 「お前も疲れているだろう。」 柳のことを労わると、彼は笑った。 「今日ぐらい、いいだろう。俺からの誕生日プレゼントだ。」 そう言われるとさすがに真田もここでその申し出を無下にするわけにもいかず、帽子をとると木目の床に腰を下ろした。 両手をつくとそのまま、背中から後ろに倒れ込む。 「弦一郎、誕生日おめでとう。」 「あぁ、蓮ニ、感謝する。…」 「なんだ、腑に落ちない顔だな?」 すっと伸びた指で髪を撫でられる。 その感触は心地よかったが、柳の脚は自分と同じく鍛えられ筋肉のついた感触で、寝心地がいいとはお世辞にも言えない。 真田は右手に掴んだままの帽子を顔に乗せた。 柳はしばらく身じろぎもせずに、丹念に刈り込まれた植木を眺めているようであった。 真田からはその気配を窺うことはできない。どの位そうしていただろうか、柳が小さく声を上げた。 「どうした?」 覆い被さる帽子を払うと、彼に焦点を合わせる。 掌には瑞々しい葉が一枚添えられている。 「いや、綺麗だったものでな。それに、良い香りがする。」 「そうか、どれ…。」 肘をついて上半身を起こすと、影ができる。 掠め取られたそこに葉を押し付けて、柳は笑った。 「おまえは誰にでも平等な太陽だから、赤也の気持ちもわからないし、こういうことにもなるのだぞ。」 口調に反して柔らかな声音に、真田は怒る気も失せて再び枕に頭を沈めた。 |