17/月 |
浮かんでは消えていく水溜りの輪のように、とらえどころのないその、自分に対する彼の想い。 そのくせ、どこまでも曇りのない、自己の世界。 いっそ眩しい光で、一滴も残り尽くさず乾かしてくれたらいい。 そうしたらまた、彼が沈むのを、月は静かに待てるというのに。 今日もまた、雨が降っている。 毎年いつも、生まれた日は梅雨の時期に入っていて、つい最近彼を祝ったあの日は、光で目が眩みそうだったのに。 柳は昇降口に到着すると、まだ登校時の雨露で湿っていた傘を開いた。 すると隣の真田が、自分のそれは畳んだままで、柳が手にしていた柄の先端の部分を持つ。 「蓮ニ、俺が持とう。これは、あの時の礼だ。」 どうやら真田は、彼の誕生日の時に柳がしてやった「膝枕」のお返しを、律儀に果たそうとしているらしかった。 「弦一郎、これは俗に言う、『相合傘』とやらだな。光栄だ。」 わざと口に出して傘を持ち上げ真田を窺おうとするより早く、水滴のついたそこで手を滑らせ、柳の手の甲に真田の指が食い込んだ。 「すまない。」 「そんなに焦らずとも、駅までは結構な距離があるだろう?」 瞬時に手を離したのは、テニスをするのに支障があっては大変だという、気遣い。 その証拠に帽子を被り直すその横顔に、動揺は見受けられない。 こんな雨の日なのに、癖のない艶やかで真っ直ぐな黒髪すら恨めしくなる。 「そうだな。せいぜいお前の肩を冷やさぬよう、注意するとしよう。」 「…弦一郎、俺が持っているから、これで拭くといい。」 真田を一瞥すると、柳はハンカチを手渡し、それと引き換えに元は自分のものである傘を受け取った。 ふと、以前言われたことを思い出した。 『そんなことを聞いてどうする。』 赤也の問いに対する答えを訊ねた時に返された科白がまだ、記憶から拭えずにいる。 その意図をこちらから言っても、というやりとりは、彼の概念にないのだということを、改めて確認だけしたという話なのに。 「感謝する。ほら蓮ニ、入れ。」 再び持ち物を交換して、真田は柳の肩を抱き寄せた。 お互いにほぼ身長は一緒なので、一つ傘の下に入ってもそう、不都合はない、というのが真田の感じている、この行為なのだろう。 「あぁ。」 柳がそう返事をしても、特にそれ以上何か喋るわけではない。 触れ合った肩先や腕や、間近で見る精悍な顔つきに、こちらがどういう感情に駆られるのか、知っていて知らないふりをされるより、よっぽど分が悪い。 校門の傍に咲く紫陽花をぼんやりと眺めていると、突然真田は口を開いた。 「蓮ニ、この間聞かれたことの答えなんだが、お前がいるから今の俺ある、というのが、結論だ。」 「…そうか。」 二週間以上訊けなかったことを、ものの十秒で答える隣の男を憎らしくもいとおしく思うと、柳は頷いた。 「誰にも平等であっても、休めるところは一つでいい。赤也と蓮ニに求めるものは、違うからな。」 「…弦一郎、今日は俺の誕生日だから、そんなにサービスするのか。」 歯の浮くような科白を躊躇することなく告げる真田に、柳はちくりと厭味を述べることでしか、対処できなかった。 そう、いつだって唐突に、心を乱すのだ、この男は。 「二週間考えていて、今日になっただけだ。プレゼントはまた、家に持ってお邪魔する。とりあえず、蓮ニ、おめでとう。」 「ありがとう。そちらの誠意に、期待したいものだな、弦一郎。」 水溜りに浮かんだ月が、雨で揺れていて、助かった、といったところであろうか。 |