02.青葉の木の下でうたたねを |
青葉の木の下でうたたねを | たまには外で昼食を、という南の提案に、東方はバッグをぶら下げて中庭までついてきた。 朝早くからテニスで汗を流す二人は、ただでさえ飛びぬけて大きいから、エネルギー補給が沢山必要だ。 教室のある校舎から少し歩くそこは、あまり人気がなく静かで、二人のお気に入りの場所だった。 瑞々しい緑の木々を屋根に、ベンチに腰を下ろすと、そよ風が頬を撫で、ゆったりした時間に包まれる。 1時間ある休憩のうち、ものの10分で自分の弁当を空にした南は今、東方の弁当箱にある、小さい俵型のハンバーグをじっと見つめている。 「何か今日のおまえの弁当箱、小さくねぇか?」 それでも相方の好物であることは重々承知しているから、物足りなさを誤魔化すように、話題を逸らす。 「ああ。妹のと中身間違って入れられたみたいだな。袋は一緒だったから、持ってきちゃったよ。」 東方は肩を落としながら、脇に置いてあった可愛らしい蓋を南に見せた。 「昨日の晩飯がこれだったから、今日ひそかに楽しみだったんだ。まぁ、仕方ない。」 大きな手に不似合いなお揃いのライオンが頭についたフォークでそれをつっつく。 「そっか。そういや東方家特製のって食ったことねぇな。美味い?」 催促するつもりはなく、ただ純粋な興味でそう南は訊いたのだが、すぐさまフォークに刺さったハンバーグがやってきて、東方を見上げた。 「弁当、足りねぇんだろ?」 「いや、どっちにしろパンか何か買ってこようと思ったし。まだあるから、いいよ。美味いんだぞ!」 にっこり微笑む東方に気後れしてしまう。 「でも、悪い」 「キス、してくれたらいいよ。南から。」 「な!」 驚きで開いた口に、一番の好物が放り込まれる。 「はは、そんな顔するなよ。冗談。な、美味いだろ?」 口一杯広がるその味を頬張りながら、南はただ、満面の笑みを向けてくるその人に、頷き返すことしかできなかった。 満腹感に包まれた二人は、その後各々好きなことに没頭した。 ふと肩に重みを感じ、南が携帯用ゲーム機を止め横目で東方を窺えば、文庫本を膝に乗せたまま寝息を立てている。 ─遅くまで勉強してたのかな? そう思いまた再開しようとすると、視界の端を何かが横切った。 「あ」 木陰で光が届かない場所で、東方の顔に額を寄せて覗き込むと、赤いテントウムシが鼻先に止まっている。 胸がほんわりしたのも束の間、視線がその下の唇に吸い寄せられる。 ─たまに真顔で悪い冗談言うんだからな、まったく。 ため息をつきながらゲーム機を持ち上げようとすれば、ざわ、と葉が揺れ強い風が吹き抜けた。 「─」 ぎゅ、と瞳を閉じ、再び南がそっと開けると、息がかかりそうな距離で東方がじっと見つめている。 顔を傾けてくる彼に南の身が竦むと、手首をとられた。 「あ、こんな時間か。そろそろ戻ろうか。どうした?」 「てんとうむし。いや。何でもない。」 とっくに風に乗り旅立っていたそれを探すように、名残惜しい気持ちで空を仰ぐと、東方が穏やかに微笑んでくる。 「そうか。じゃ、また3階まで帰りますか。」 掲げられた左手首にはいつもの時計がはめられていて、ハンバーグの代償の大きさに南は頬が熱くなる。 こんな時に限って風は凪いで、不自然な体温の上昇を冷ましてはくれなかった。 |