同時 |
何が欲しい?なんて、訊くのは野暮だろうか。 君から返ってくる答えは一つに決まっていて。 それが欲しくて、それとなしに訊ねる時は、何でもないように、何回でも同じ答えをくれる。 その甘く優しい声は、僕の心を包んでくれるけれど。 今度ばかりは、少し困るんだ。 「あのさ…。」 休み時間、食堂で向き合いながら。部活中、コートの上で。一緒に帰る途中、公園のベンチで。 同時に何かを言いかけた時に、いつも南に順番を譲ってくれるのは東方だ。 一重のくっきりした目が、一瞬だけ細くなって、南も安心して話し出すことができる。 そういえば、東方から相談を受けることは余りないなぁ、と、南は常日頃からぼんやりと感じていたが、それにはっきりと気付いたのは、誕生日が迫ってからだった。 「何でもいい。」なんて即答する人ではなくて、それを簡単にさりげなく訊き出せる南でないことも相手は充分承知の上で。 さすがに直球で実行はできない代わりに、「最近足りないなぁって感じるものあるか?」など、抽象的なことを、校門を出てしばらく歩いたところで問い掛けてみる。 「うーん…。」と言ったまま、腕を組んで黙り込む、普段は常に南の目線の上にある、東方の頭のてっぺんが見えるのが、密かに嬉しかった。 回りを下校中の夏服達が追い抜いて行く中、ただでさえ人より頭何個分も飛び出た彼が立ち止まり、アスファルトを凝視しながら立っている光景は、その大きさを当たり前だと見慣れている南でも、少し可笑しく見えた。 日頃は何かと、南より南のことをわかっているかのようなアドバイスをくれるため、視野が広いだの頭がいいだの、感心させられることはしばしばで、つい箸を止めて、ラケットを振りながら、ブランコを立ち漕ぎしながら、「すごいなー。」と呟いてしまうこともある。 実際東方の成績は、南より上位に位置していて、スポーツ推薦で入学した身としては、化学なんてものを得意とする頭の構造は、自分とはまったく違うのだろうということで、競争心が芽生えることはない。 南の一言に対して、テーブルを挟んで、ネットの向こうから、飛ばした靴を拾い上げながら、決まって返ってくる言葉は、「何が?」 「まぁね。」でも、「それほどでもないよ。」でもない。 実は自分のことについて考えたり、感情豊かに表すのは、あまり得意ではないのかもしれない。 そんな人が、質問の意味と答えを考えあぐね、困っている。まだまだ暑い中待っている南としても、「やっぱりいいや。」と喉元まで出かかった。 フェンス沿いに植わった木々から、蝉の鳴き声がする。 南はスニーカーのつま先で足元を蹴り上げながら、まさか金や時間や愛なんて、あの顔で真面目に言い出すことはないだろうな、と、一人青くなる。 一方でどこか、彼を困らせることで、何か満たされている南もいた。 東方もそうやって、悩む南を同じ気持ちで見ているとしても。 同時に言いかけた彼の話は、後回しにしてしまった順番はどこへ行くのだろうか。 「南はすごいなー。俺、そんな難しいこと考えることないなぁ。」 的外れな答えをよこしながら、また丸い目を細めるその顔に、安心してはいけない。 答えがわかった南には、眩しい光が反射する白い背中が、いつもより少し小さく映った。 お祝いが終わり、皆が帰った部室に、南は東方を引きとめた。隣り合ったパイプ椅子を引くと、そこへ座るよう促す。 「まぁまぁ、これでも。これ練習中食おうとしていたのを見つけて没収したんだが、期限はえーと…大丈夫みたいだ。」 テーブルの上に缶ジュースとスナック菓子を置いた南を、東方は珍しそうに見つめた。 「…これは、晩飯が食えなくなって、骨が溶ける恐怖の組み合わせじゃなかったのか?」 常日頃、南の方が身体の健康に関する意識が強い。当然部長としての意識と、スポーツを得意として入学した上でのことだったが、名前の通り健康そのものである。 その割に部活帰りの買い食いもしばしばだった。 それでもそんな矛盾に快く付き合ってくれるところも、密かに嬉しかった。 そこに寄るのは単に、楽しかった日だけではないのだから。 「まぁ、いいじゃないか。今日は俺のおごりだ!ガンガン食べてくれ。な?」 慌てて袋を開けると、南は東方の左腕を叩く。 「……。」 一瞬、菓子を摘みかけた東方の指先が止まった。 「……。あ、おごりって言っても120円じゃな。あ、そうそう、俺から個人的にプレゼントもあるんだ。たいした物じゃないが…。」 またいつものように、突っ込みが入るのかと思っていた南は、返ってこない続きを待つのはやめ、正面を向いたまま身体を伸ばし、鞄を引き寄せようとした。 瞬間右手を上から押えられて、南はびくっと身体を竦めた。しばし沈黙が部室を包んで、南の視線が彷徨う。 重ねられた手の平が、部活を終えてからだいぶ経つのに汗ばんでいたから。 「えーと…東方?」 南が恐る恐る振り返ると同時に、視界に東方の黒い髪の毛が飛び込んできた。普段見慣れない、頭のてっぺん。 右肩に感じる重みで、南は自分が置かれている状況を実感する。かけられる力で、今まで彼が話したかったことが、少しだけだが伝わってくる。 「いや、こないだ訊かれた答えがこうだったかな…って。一番に貰っとかなきゃ失礼だろ?」 そういう割に、どこか安心したような彼の声。 「…俺から答えさせようと思ったのに。意味…ないじゃないか。」 くすぐったいのは耳の傍で話されたせいにした。南はわざと怒った声を出しながら、東方に寄り掛かる。 「じゃあその、南からのプレゼントも貰っとくから。…髪の毛刺さって痛いなぁ。」 「うるさい。じゃあこうしてやるぞ!」 南が肩を上下に揺すると、首も痛いのか東方は黙り込んだ。 二人でしばらく、そうして窓から夕陽を眺めていた。 「あーやっぱり、南はすごいなー。」 「何が?」 「…ありがとう。」 「おめでとう、東方。」 飛ばしてしまった順番を、呼び戻す方法は見つからなかったけれど。 うまく口に出せないのは、二人一緒だけれど。 それならせめて僕をまた、困らせて。 何回だって、構わないから。 |