retaliation
プレゼントを渡すという名目で、日曜に会いに行く。
そこに、テスト勉強というついででも付け足せば、居心地も悪くはないだろう。
帰った後もあの、冗談にしてはキツイ言葉が繰り返し、繰り返し。
浮かぶものだからそれの仕返しといわんばかりの方法を考えて、結局東方はあまり勉強が手につかなかった。
元はプレゼントを忘れた自分がいけないのだが、こうなったらその原因の元、南の家へ直接向かうことにした。



「あぁ、ちょうどよかった。東方に聞きたいとこあってさ。助かるよ。」
本当は前の日から訪問を決めていたのに、出掛けようと目安にした一時間前に南に電話をした。
最悪いないか、遠慮されるのを見越して、準備する前に連絡をするのは我ながら情けないと思いながらも、それでもどうにかなるという珍しい確信と、消せない会いたいという気持ち。

呆気なく了承した南は、東方を疑うことなく門を開けて招き入れてくれた。
家にいるだけだから髪の毛は寝癖がついたままで、くたっとしたTシャツにジャージ素材のハーフパンツ姿の彼は、勝手知ったる東方を置いて、さっさとドアの向こうに消える。



いつ来ても、季節の花が植わっている庭は、南家の朗らかさをそのまま表していて、今日も向日葵が太陽を一身に浴びては鮮やかな黄色で出迎えてくれる。
思わず目を止めて立ち尽くしていると、くーん、と聞き慣れた犬の鳴き声。
そのまま真っ直ぐとポーチを進めば玄関なのだが、東方は右に逸れて、色とりどりの花が咲き乱れる花壇の合間をくぐると、声の主へとたどり着いた。

「健太郎、久し振りだな。」
途端に尻尾を振ってじゃれついてくる犬に、手にしていた荷物を脇へ置くと、東方も両腕を広げて挨拶をする。
座り込むと途端に舌でペロペロと顔を撫でながら、首元にまとわりついてくる感触に、自然と頬が緩んでしまう。
「よしよし。会いたかったよ健太郎。」
抱き上げるには大きくなりすぎた南家のわんこ、健太郎は、抱き締められるだけでは物足りないのか、遊んでといわんばかりに何度もジャンプをして飛び付いてくる。
「おいおい、そんなに俺が好きなのか?可愛いヤツめ。」
成長した大型犬の力で体当たりをされ尻餅をつくと、健太郎はそのまま東方を押し倒して腹に乗っかってくる。
「…大胆だな健太郎…。」
東方とてだてに体を鍛えていないのだが、それでも相手の好奇心には勝てず、半ばされるがままになりながら、わしゃわしゃと撫でてやる。
一応買ったばかりの新品のシャツを着てきたのだが、いかんせん黒だったため、背中は芝生、お腹は健太郎の毛だらけになり、くすぐったさもあいまって東方は一人で大笑いした。
「はいはい、わかったって。俺も大好きだよ、健太郎!」
横顔に何度も口付けしながら顎の下を撫でると、その意味を理解したのか、やっとのことで解放された東方だったが、はぁ、と快晴の空を仰ぎ見れば、そこに先に家に入ったはずの南がいて、言葉を失った。

「…健くん、いつからいたんだ?」
初めて南の家を訪れた日、飼い主と同じ名前の犬だということを知った。
そこで家族に健と呼ばれている彼を知ったのだが、南はそれまで、飼っているペットは教えてくれても、名前を頑なに教えてはくれなかった。
同じく初対面だった弟も健次郎という名前のため、まぎらわしくないのかと尋ねてみたところ、兄から禁止令を喰らっているのか、口を割ってはくれない。

「健って呼ぶな!」
何度も遊びに行き弟とも打ち解けて行くうちに、ほどなくして謎は解けた。

小学生の時に健太郎を飼ったのだが、幼い南少年は、自分の名前をつけると言って聞かなかったらしい。
当然家族は、同じ名前だからまぎらわしいと言って諭そうとしたのだが、健太郎にしがみつき泣いて駄々をこねては散々困らせたそうだ。
結局は南の我が儘に妥協した家族が、本人のことを健と呼ぶことで丸く収めたらしい。
次男は幼心に、いつもいい子だった長男のこの行動が鮮烈で、半分尊敬と半分厭味も込めて、それ以来「お兄ちゃん」とは呼んでいないという。

「…もしかして、妬いてくれたんですか?」
本人にはその真実を知っていることを、東方は話していない。
自ら招いたとはいえ犬よりも立場の低い南に、それぐらいは面目持たせてやろうという配慮というのは建前、からかいのネタのストックがひとつ増えた、というのが本音。

「は?なんで俺が…ってわー!」
南の声に肘を付いて東方も起き上がれば、おそらく南の一番の素顔を独占しているであろう健太郎が、置きっぱなしにしてあった手提げから一日遅れのプレゼントを取り出し、口に入れてベろんベろんに舐めていた。
恥を忍んで妹にラッピングをしてもらったそれは、無残な姿に成り果てている。

「あ、中身は多分、無事だと思う、から…。」
「いや、こっちこそ、ごめんな…こら健太郎!俺のプレゼントなんだぞ、離せって!」
そこにはやはり、犬>飼い主の図があって、端から見ればただの大型犬が二匹戯れている図だったが、成行とはいえまたひとつ、ストックが増えたことに喜びを噛み締めていると、やっとのことで健太郎から贈り物を取り返した南が、東方の頬を叩いて言った。

「本人に言わないと、俺が不戦勝だな、東方くん!」
夏の日差しを浴びてうっすらと汗ばんだ前髪の間から覗くその目は、いつもより幼く見える割に妙に赤くて、それでも確かに勝ち目はなくて。
うなだれた東方に健太郎が同情したように、背中にのしかかってくる。

「早く中入ろうぜ。」
南の手の中にあるそれと今の己を重ねては溜息を吐きつつも、これから名誉挽回だと、東方は差し出された手をとり立ち上がった。


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