初詣
しゃり、と玉石を踏む音が、冬の静かな、それでいてピンと張り詰めた空気に響く。
参拝客で賑わう時期から幾分外れた平日、この神社には再び静寂が訪れて、すっかりと街の一角に溶け込んでいる。

「なぁ、こういうのって、いくら放るものなんだ?」
晴れた空を背に、幾分浮いている白い制服を着た南は、西日に目を細めながら、隣りに立つ東方を見上げてくる。
「まぁ、自分の気持ちだからな。」
放るってボールみたいな、と頭で思いつつ、あえてそこには触れずにありきたりな答えをよこす彼に、南は「ふーん。」とだけ、抑揚のない返事をする。

時折吹き付ける北風にその身を縮ませると、南は手にしていた財布から銅色の小銭を取り出した。
「ご縁って感じでもないだろ、俺達じゃ。」
言い訳みたいに声に出すと、東方に訊ねたやり方とは違い、それをそっと垂直に落とす。

そんな南をぼんやり見ていた東方の肘が、お祈りをしている南の肘で突っつかれる。
まるで、「ほら、おまえも。」と言われているようで、東方も南に習って同じ、沢山の人の手の温もりを与えられたであろう、鈍い色のそれを滑らせた。

手を合わせたが目は開いたままで、先ほどから飽きずに深々と頭を垂れる彼を、東方は不思議な気持ちで見ていた。
ひたすらにまっすぐ目標に向かって歩む彼は、自分よりよっぽど現実を受け入れているような気がしていたからだ。
「おまえ、もうお願いしたんだ?早かったな。欲、なさそうだもんな。というよりは、信じてない感じかな。」
「南こそ、部活のこと熱心に祈っちゃって、さすが部長だな。」
途端に南の眉が上がったが、東方はさほどそれを気に留めずに、形だけ合わせていた両手で、南の頬を包み込んだ。
「おまえはもっと自分のために、欲深くなったらいいんだよ、ってこと。じゃ、帰るか。」
冷え切った体温に一瞬身体を強張らせつつも、見上げる瞳のその奥が揺らいだのを感じて、すぐに手を離す。

「部活のことだったら、俺はいっそ祈らないか、もっと放り投げるぞ。今に逆らう必要がない願い事だから、あんな金額で充分なんだよ。」
あくまで東方から視線はそらさずに、南はそう言う。
「とりあえず、俺がしばらくはおまえの手、温めてやるってことに、異存はないんだよな?」
「まぁな。」
差し出された右手に東方が自分のそれを重ねると、ここを訪れて初めて、南の睫毛が柔らかく揺れた。



すぐに手を離した南に何かを言いたそうに、わざとらしく自分のそれに息を吹きかける東方から、風に乗って届く香りは、本来の年なら含んではいけないもの。
本日2回目の急カーブをにっこりと見届けてから、鼻先に口を寄せるその男に、怒りを持続させる気力も失せて、「正月だからな。」と、あたかも譲歩してやった形をとりながら、そこを軽く舐めてみる。

先程まで神聖な場所で神妙な面持ちをしていたのに、苦さで顔をしかめる南に向けられたのは、舌が痺れるような甘ったるさ。

本当に欲深いのは、間違いなく…。


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