冴えたやり方(前編)
「じゃあ、それぞれ始めようか。」
部長の南の合図で、班に分かれた部員達は各々の仕事に取り掛かった。

毎年恒例の文化発表会は、クラスや個人、部活など色々な部門からなる催し物で、運動部である南達は本来、それほど力が入らないものである。
テニス部は大会へ向けて、これからが本番という時期だった。

山吹中は勉学一本でなく、スポーツや、こういった文化的行事をも重んじる校風があって、この部も例外でなく、何時の間にか顧問の伴田自らよって、「皆さんで仲良くやりましょう。」と参加が決められていた。
結果よりも過程を大事にする、のびのびした教えならではある。

幸い、癖もあるが協調性もある部員が多く、部がより団結するにはいい機会だ、と南はその真面目な性格から、不安もあったが決意を固めたのであった。

「よーし!さっさと終わらせて、皆遊びに行こう!」
「おいおい、ちゃんと後で練習もするからな!そのまま帰るなよ!」
千石を先頭に部室を出て行く部員達に釘を刺すと、南は自分の班の輪に戻っていった。
千石は、人をひきつける天性の魅力があるのだろう、いつでも輪の中心にいる人物だ。

今年の出し物も、発表会当日まで拘束されるのでは練習に差し支えるから、展示物にしてさっさと仕上げようと提案したのも彼。
ありがたくその案を採用させてもらうと、南自らが小道具班の班長に任命したのである。
言い出しっぺがサボらないようにという首輪の意味も込めて。

ちなみに「テニス文化について」などと広範囲に渡る内容を思わせるタイトルがついているが、その殆どが室町のインターネットによる情報収集に頼っているというのが現状である。

自分達のチームワークを問う前に、メンバーすら集まっていないこの現状の解決を、南は書記をつとめていた東方に委ねることにした。
肩をポンと叩くと、ありったけの笑顔で告げる。

「頼りにしてるぞ、東方班長。俺は部全体の責任者。室町はブレーン。」
「ということで東方班長、お願いします。」
「…ご指名光栄です。」

きっと部のことと並行して器用に考える真似はできないから、計画的に物事を進めることがせめてもの気休めであろう部長と、自分よりも20cm以上身長の低い後輩に頭を下げられては、本来面倒くさがり屋な彼もさすがに断れない。
ノートから顔を上げると、東方の足は迷わず屋上への階段を昇り始めた。



案の定目の前に広がった空をバックに、上る煙と銀髪が飛び込んできて、その自由奔放さに東方が諦めとも羨望ともとれるため息を吐くと、相手からも煙たそうな視線を投げられた。

「…やぁ。」
「あ?何しにきた?」
「まぁまぁ、邪魔はしないから。」
言われるより先に、東方はドアを背に座りこむ。
二人の身長は、亜久津の髪の毛を入れると差は余りないが、体格的にはジム通いを趣味としている東方が有利である。



少し前に一度だけ喧嘩をしたが、それも部室に飛び込んで来た南に半ば強制的に終了させられたものだった。
亜久津も戦意を失った者に興を削がれたのか、とどめをさすまでには至らなかったため、生憎怪我はそう酷いものではなかった。

しかしその後東方ばかりが一方的に、南に手当てを受けながら叱られ始めた。
怒りに満ち充血し、さらに大きく見開かれていた東方の目が伏せられて、ただ悲しそうに床を見つめていた。
縮められた東方の肩越しに南と目が合って、亜久津は黙って保健室を後にした。

元はといえば、部活に真面目に出ない亜久津に、責任感の強い南は日々頭を悩ませていた。
それを毎日傍で見ていたダブルスの相方であり親友の東方が、腹に据えかねて亜久津に吹っかけたのがきっかけだった。



「発表会の準備することになってさ。俺は勿論テニスでは亜久津に指図できる分際ではないんだが、おまえも東方班だから一応班長命令で集合かけておこうと思ってさ。それだけ言いに来た。」
「…あぁ?」
亜久津は訝しげに隣りの男を見上げた。
あの殴り合い以来、まともに口を聞くのは今日が初めてだった。
罵声の一つでも浴びせられるのかと思っていた亜久津は、拍子抜けした。

相変わらずまともに練習には参加せず、東方の怒りの原因を寧ろ増長させている自分の横で、当の本人は平然としている。
敵意剥き出しでかかって来られたほうが、亜久津としてはよっぽど対処がしやすい。

「こないだのことが気になってなきゃいいなって、南と話してたんだ。余計なことするなって叱られてさ。『これは亜久津と俺の問題だから。』だって。情けないよな、俺。」
東方は、言葉に反してどこか嬉しそうで。白黒つかない物事に胸くそが悪くなる。

予想外の回答に指先からポトリと落ちた煙草をごまかすようにつま先で揉み消すと、亜久津はその足でドアを蹴り飛ばした。



「亜久津さん、来ますかねぇ?」
溜息混じりの室町の声に、南はベニヤ板の上に線を引いていた手を止めた。
「いえ別に東方さんを疑っているわけではなくてですね…。」
計算機を片手に前髪をかきあげると、室町はその場にしゃがみ込み空を仰いだ。
部室では手狭なため、南達は部室棟裏で作業を続けていた。

「別に今日すぐ来なくたっていいんだ。きっかけになってくれればそれでさ、どっちにもな。」
「部長ってほんと、世話焼くの好きな体質なんですね。」
室町につられて、南は遠く離れた校舎の屋上を見上げた。


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