冴えたやり方(後編)
独りで戻ってきた東方も交えて黙々と作業を続けていた3人だったが、初夏の日差しの下、日影とはいえ大きな物を運んだり切っていると汗ばんでくる陽気だ。

「ふぅー。休憩するか。この後練習もあるし。」
「あ俺、飲み物買ってきます。スポーツドリンクでいいですか?」
汗を手で拭いながら東方が言うと、室町が立ち上がる。
「ありがとう室町。これで宜しく。」
500円玉を東方から受け取ると、室町は自動販売機の方へ歩いて行った。

「亜久津怒ってた?」
「うーん、それとは違う、と思うんだけどなぁ…。」
「ふーん、そっか。」
そこで会話は途切れた。
2人して壁に寄り掛かり雲を眺めていると、買いに行ったはずの室町が血相を変えて戻ってきた。

「南部長!亜久津さんが他の班の先輩達と…。」
「わかった!室町案内頼む!」
言い終える前にスニーカーで一歩踏み出した南に、室町も慌てて後を追う。
「今回は、俺の頼みだから!東方も早く!」
躊躇していた東方に、南が振り返らず叫んだ。



部室棟をぐるりと回って、テニスコートを横目にグラウンドを突っ切り、新校舎の脇を通り抜けると、何やら聞き慣れた声が聞こえてくる。
そのまま食堂裏を抜けると、旧校舎と体育館の間に、人影が見え隠れする。
その中でも一際、晴天の下鮮やかに映える銀色の髪。



「おいおい、おまえ達は買い出しに行ったんじゃないのか?一体何があったんだ?」
南を先頭に近付いて行くと亜久津は3年生のテニス部員5、6人に囲まれていて、切れた口端を手の甲で拭っていた。

「南、コイツが盗ったんだよ、俺の財布を。取りに帰ったらコイツが部室から出てきたんだからな。何とか言ってやってくれよ。」
部員の1人がそう言うと、他の部員達も異口同音に亜久津を非難した。

言われた本人は持て余した脚を振り上げると、体育館の扉に叩きつけた。
鉄が激しく揺れる音が空気をビリビリと震わせ、静寂が訪れる。
幸いにも他の部活も発表会の準備に取り掛かっているらしく、バスケットやバレー部員達は飛び出てこなかった。

「けっ。馴れ合いは反吐が出るぜ。」
吐き捨てた亜久津の目は血走っていて、まさしく自分が東方との間に割り入った時の形相で、南は全身が粟立つのを覚えた。
背中越しに室町の震えも伝わる。

これからも3年生にとっては最後の、全国大会への挑戦が続く。
南は東方と再び、ダブルスで出場を果たしく、また、部長としてもできる限りのことをやりたいという強い志も秘めている。
ここで騒ぎを起せば、部活動の停止、さらには大会出場の取り消しなどに繋がりかねないことは、南でなくともこの場の全員がわかることだ。

亜久津に喧嘩を持ち掛けたのは、レギュラーになれずにフラストレーションを溜めている、かつては南も悪口を囁かれたこともある面子だった。
シングルスの層が薄い山吹中のボーダーライン上にいる彼らにとって、亜久津の存在ほど面白くないものはないだろう。
努力を怠り、天性を誇示する、協調性のかけらも見せなかった彼を、南も東方も羨まないのかと訊ねられたら嘘になる。



それでも腹の底から込み上げてくる感情は、もっと単純で真っ直ぐだった。



「亜久津、やめろ!」
東方が走り込んで彼を抑えると同時に、ゴン、と何かをえぐるような鈍い音を耳にした。



「南部長!」
室町の悲鳴で東方が振り返ると、南が腹の辺りを抱えながらうずくまっている。
相打ちとなった部員は頬を殴られた程度だったが、南の行動に呆然と立ち尽くしていた。

瞬間、東方の右手は相手の胸倉を掴み上げた。
左肩が円を描くと、そのまま拳が腹部に命中する。

「人を疑う前に、おまえらの素行を疑え!つるんでしか向き合えないなら、亜久津に挑むんじゃねぇ!こんな時まで南を煩わせるな!!」
「うるせぇ東方!てめぇだって相手にされてないくせ…っ!!」
別の部員が東方に掴み掛かるも、そのまま膝から倒れ込んだ。

「おいてめぇ、許可なく俺の獲物を狩るな。」
水平に伸ばした脚を優雅に地面に下ろすと、東方からは逆光に位置していたが、亜久津は初めて口端を上げたように見えた。
まだそれが、どんな意味を持つのかわからなかったが、知りたいと思った。



「…で、財布はあったのか?あるに決まってるよな。俺が最後に部室を出て、これで施錠したんだから。」
深く息を吸い込み、フラフラと立ち上がった南の手には、見慣れたキーがぶら下がっていた。
「これでもまだ、亜久津に濡れ衣着せるのかな?」
亜久津と東方が南のその笑顔を目にしたのは、2回目のことだった。






「東方があんなに怒ったの久々に見た。」
「…南も人のこと言えないぞ。」
「……。」
南と東方は、一瞬互いを見ると、どっと力が抜けて後ろ合わせで座り込んだ。

  「そろそろ部活始めなきゃ…あれ、室町は?」
南が辺りを見回すと、見慣れた銀髪が遠ざかって行く。
そこに室町が息を切らして駆け寄ってきた。

  「…あ、亜久津さん、これ、班長から…!」
頭の上で缶を差し出す室町に一瞥をくれると、亜久津はそれを乱暴に奪い取って行った。

「今回は怒れないよな?俺もちゃんと、左手使ったんだし。」
「その前に、心配するだろ?今回だって。」
小さくなって行く後ろ姿を見つめながら左手をかざす東方に、南はそっと背中を預けた。
2人は互いに、飲み干した液体とともに、胸につかえていた何かが流されて行くのを感じた。



  予定通り部活を終え、コートから出ようとする南達の元へ、室町が走り寄って来る。
「東方さん、これお釣りです…よかったんですよ…ね?」
80円をおずおず手渡す室町に、南も東方も頷きながら笑い返した。



3人が部室棟の裏に、接着剤を乾かすため立て掛けていた大道具を取りに行くと、その前に空き缶が1つ置いてある。
「誰だよまったく、ゴミ箱に捨てろよな…。」
南が拾い上げたその飲み口には、灰が押し付けてあった。
目を細めて中を覗き込むと、吸殻が何本も見える。

「悪い東方、これ捨てておいてくれ!」
空き缶を押し付けると、南は校門に向かって走り出した。
目の前に捉えた銀髪は、先程までよりほんの少しだけだが、柔らかく光に透けて見えた。

「亜久津、俺達待ってるから!」
「うるせぇ。おまえらの根性比べはせいぜい、つまんねぇ球遊びが限度だな!」

口悪い返答も、いつもより、ほんの少しだけ。



東方と室町は展示物の土台の両端を持ち上げると、そっと運び出した。
そこへ一足先に着替えを済ませた千石が出てくる。
「室町くん、大変そうな班に入っちゃったね。色々。バンバン地味'Sこき使っちゃっていいよ!」
「そうでもないですよ、千石班長。多分仕事は一番早いメンバーですから。それに…。」
「それに…?」
ドアを全開にしながら続きを促す千石に会釈をすると、室町はこう付け足した。

「少しずつ軽くなる予定なんで。ね、東方班長?」
「あぁ、そうだな。」
室町と東方は、目を合わせるとどちらからともなく笑みをこぼした。



「冴えている」には程遠い、これが僕らのやり方。


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後書き:
十綺さんに地味'Sと亜久津の友情に室町を絡めて、とリクして頂いた時には、胸が高鳴りました。
東方と亜久津の喧嘩だけで無駄に妄想があってカットしたのを覚えています。南が絡むとお互い違う意味でキレるといいと思います。室町はいつだって可愛い。そんな妄想。

追記:お釣りの金額は、室くんなりの御礼だと思って頂ければ。半額返しで。マイ設定極まりないですね…へへ。