気付いてる?(前編) |
「じゃあ、室町。さっき言ったこと頼むな。」 「太一、明日は俺と組んでやろうな。」 「錦織、今日はかなり上達してたぞ!明日からも頑張ろうな。」 隣りで先ほどから、目まぐるしく指示を出す南に、東方は少し離れたところから見とれていた。 ロッカーに寄り掛かり、汗を拭く振りをして、頭に乗せたタオルの隙間から、様子を窺う。 「わかりました、南部長。明日までやってきます。それでは、お先に失礼します。」 肩を叩かれて微笑む室町からも。 「はい!南部長、宜しくお願いします!室町先輩、待って下さいです!」 大きくお辞儀をする壇からも。 「そうか、ありがとう。じゃあな、南。」 照れながら握手を受ける錦織からも。 南はそのひた向きさで、目に見えないものを全身に受け取っている。 本人は満足という言葉を知らないような人間だから、もうすぐ任期を終える部長という職務に、未だに不安を感じているようだった。 でもそれは、対他校に対しての認知度であって、少なくとも部員の中で、南を認めていない人間はいないだろうと、いつも傍にいる東方は誇りにすら思う。 これが南以外の人間であったら、正直ここまで心配はしてやれない、とも思う。 冷たいようであるが、どちらかと言ったら、中途半端な優しさは残酷、というのが信条である。 要するに、面倒なことには最初から首を突っ込まない、それが本音。 東方とは対照的に、困った人間を放っておけない南は、自分だけに本音を打ち明けてくれる。 以前は全て、一人で背負い込んでいたものを、本人はさりげないつもりで、こちらに少し分けてくれる。 それが直球で、突然で、甘えられた東方にとっては、いてもたってもいられないから、正直、優越感に浸る余裕などないのだ。 これを、「おまえはいつもムッツリしていて、俺をからかっては楽しんでいる。」で片付けられては、東方も立つ瀬がない。 南にとっては、どんな相手とも全力、対等、というのが信条なようであるから、その言葉が暗に、自分を責めているような錯覚にさえ陥るのだ。 「まっさみちゃ〜ん!南ちゃんってば人気者だね?」 目の前でヒラヒラと振られる掌で東方が我に返ると、千石が冗談めかしてそんなことを言う。 「部長は愛されるが華ってもんだろう?」 千石の手首を掴むと、その鮮やかな髪の毛を上から思い切り撫でる。 「いやだなぁ、愛するのは自分だけで充分とか思ってるくせにさぁ。このムッツリ東方めが!」 捕らえられた手で、軽く目の前の広い胸を叩きながら、千石は東方を見上げる。 捉えようによっては、上目遣いにとれるその視線も、東方には全く功を奏さない。 「おまえまで、ムッツリ言うなよ。はいはい、冗談です。」 軽くいなすように、千石の頭をポンポンと叩いていると、ふと視線を感じた。 最後まで東方と練習をしていたため、まだユニフォーム姿の南が、タオルを片手にこちらを見ていた。 正確には、首からは自分のタオルをかけていて、もう一つを差し出す途中である。 それは、東方の思い込みでなければ、「この後一緒にシャワーを浴びてから帰ろう」というサインで、滅多に出さない南の切り札なのだ。 「あ、みな…。」 東方が言いかけると、南は視線をそらして、一人シャワールームの方へ歩いて行く。 すれ違いざまに、タオルを押し付けていくところを見ると、どうやら怒っているというよりは、先に行っているからすぐに来い、ということらしい。 試合で負けた時、思い切り他人を拒絶した南の背中を何度も見てきた東方には、何となく勘でわかるものだ。 「ちょっとマサミン!俺というものがありながら、キヨと浮気する気か?」 南の後ろ姿を名残惜しそうに目の端で追いかけていると、新渡米がぱつんと綺麗に切り揃えられた前髪を揺らしながら、千石の背中に蹴りを入れる。 「違いますよ〜!マサミン先輩は、ケンケン先輩のものですよ?全くニトリン先輩てば超ポジティブなんですからー!」 新渡米を背後から羽交い絞めにする喜多は、その整った顔立ちに似合わない、悪魔のような笑みを浮かべていた。 「いってぇ!こんなか弱い男の子に何するんだろうねぇ、この芽は!慰めて〜?雅美ちゃん。」 千石までもが東方に抱きついてくる。 「慰められたいのは俺の方なんですが、清純さん。」 「何?雅美ちゃんそっちなわけ?うん!いいんじゃない?キヨ頑張るよ!」 「いや、頑張らなくていいから。」 東方は半分引きつった薄ら笑いを浮かべながら、腰にしがみついた手を振り解こうとするが、思いのほか力が入れられている。 これが全て、部に圧し掛かる力だとしたら、東方は南を敬服するところだが、この時東方の胸には同情や労りよりも、もっと棘のある言葉が浮かんだ。 「なんてね〜。俺のこと利用したツケは高いよ?東方!」 両腕で東方を押しながら解放した千石の目は、笑っていなかった。 「さ〜て、俺デートに遅れちゃう!喜多くんも、ちゃんとニトリンを送ってあげるんだぞ!ね、雅美ちゃん?」 「何だよキヨ!俺は別に喜多なんかに送られても…。」 「まぁまぁ、先輩!可愛い先輩のガードはお任せ下さい!」 千石と喜多に背中を押されて渋々出口へ向かう新渡米。 「あぁ、気を付けて。お疲れ様。」 追い払うように手を振ると、東方は内側から鍵をかけた。 |